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彼と彼女のパラフィリア◆09「彼女の習慣」

6年ほど住んだ小さな部屋を引き払うのは、自分が予想していたより大変だった。本当に必要なものなのか、もう不要なものなのか、判別してものを減らす作業はとても難しく、私にはとても苦手な作業だった。
最終的には詰められるだけダンボールに詰め込み、私の思い出とともに甲斐くんが待っている新たな部屋に持ち込む結果となった。

「荷物多くない?」
「女の子なんだから仕方ないでしょ〜!」
「ちゃんと片付けろよ」
「はいはい、わかってますって」

正直なところすべて片付けられる自信はないが、処分する勇気もないので、自分のペースでゆっくり断捨離していくしかなさそうだ。
そこはきっと甲斐くんもわかってくれるだろうと、たかをくくってダンボールを部屋に運び入れていく。

「俺、昼から打ち合わせがあるから片付け手伝えないけど、ひとりで大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫だよ」
「本当に?」
「オトナだから!ひとりでやれるから!」
「へぇ」

甲斐くんはからかうように私の顔を覗き込み、不敵な笑みを浮かべたが、私は気にもかけずに、ぷいっと振り返り荷物を運び込む。


──

甲斐くんの心配は杞憂に終わり、引っ越しの片付けは、彼が仕事で家をあけた昼から夕方にかけて、私ひとりである程度のところまで片付けることができた。
もともと私のために空けてくれていた一部屋に、必要な服や雑貨を出し、残る荷物はダンボールに詰めたまま、ウォークインクローゼットに押し込んだだけなので、実際のところはちゃんと片付けているわけではない。だが彼は、そんな細かいところまでチェックするような人間ではないので、生活に支障の出ないレベルにしておけばいいと、さっさと手を進めた結果だった。

「おなかすいた……」

引っ越し作業は、普段あまり動かない私にとって、かなりの体力を消耗してしまい空腹を感じながら、ぼーっとソファに座っていたのが、知らず知らずのうちに睡魔に負けてしまっていた。

ガタッ

何かが床に置かれる音と、ビニールがすれる音が聞こえる。

「……ん」

誰か人の気配がする。
寝てるときに人の気配がするなんて、あまりに久しぶりすぎて懐かしい気持ちになった。

「んー」
「おはよ」

ソファで横になっていた体を起こし、私は腕をあげ大きく伸びをする。

「おはよう。疲れて寝ちゃってたみたい」
「腹減ってるだろ?連絡したのに返事なかったから、夕飯買ってきたよ」
「ありがとう!おなかすいたなぁって思ったまま寝ちゃってて……」
「俺、気が利くから」

優しい笑顔を見せながら、甲斐くんは買い物袋から色々なものを取り出している。

「本当に気が利くよね。見習いたい」
「ぜひ見習ってほしいね」
「いやー、見習いたいって気持ちはあるんだよ?」
「そう?」
「うん」
「本当に?」
「嘘じゃないよ」

こんな他愛のない会話が日常にあるのは幸せだなって思う。

「嘘じゃないなら、手伝って」
「え、今?」

寝起きにぼーっとしてる私が手伝っても、なんの役にも立たないだろうと、テキパキ動く甲斐くんを眺めていた。

「へぇ、嘘つきはどうなるんだっけ?」
「いや、嘘じゃないんだって。寝起きのね、私が手伝っても邪魔かなって」
「嘘ついたうえに言い訳か、そんなにお尻叩かれたいって?」
「違っ!あーもう、わかったよ。手伝うよ」

お仕置きが嫌だから手伝うわけじゃないけど、甲斐くんはうまく私を動かしてくれる。
私の少し甘えた気持ちを奮い立たせてくれるとでも言うのだろうか。

「そのまま座っててもよかったのに」
「さっきと言ってること違うじゃん」
「いやそのままだったら、お仕置きはするけど」
「さすがに引っ越し初日にお仕置きは……」
「記念日らしくていいじゃん」
「あはは」

何がいいのか。
そういえば甲斐くんと出会ってから、お仕置きされたいとか、お尻叩かれたいって欲求が薄れてきている。
私が理想を抱いていた生活だったのに、望んでないのはなぜだろう。
別にイヤだとか、そういうわけじゃないと思う。
甲斐くんと私の関係でお仕置きがなくなるなんて、まずあり得ない。
だからと言って、叱られたりお仕置きされるのはイヤだなぁ。

甲斐くんをがっかりさせたくないから?
甲斐くんに嫌われたくないから?

「いただきまーす」

カット済の野菜とミニトマトにハムとチーズを乗せただけの簡単なサラダに、牛乳ベースに作られた軽めのクリームパスタ。
お湯をわかしてパスタを茹でている時間だけで、あっという間に出来上がった夕飯は、女の私が作るより手際が良くて盛り付けもセンスがあった。
少し悔しくも思ったが、そもそも自炊をほとんどしたことのない自分では、今張り合っても勝てる気がしなかったので、ただただ尊敬している。

「なんでこんなに料理上手なの?」
「昔のバイト経験かな」
「へぇ!すごいね」
「あと食べるの好きだから」
「私も食べる好きだけど、料理はからっきしダメ。でもこれからチャレンジしたいな」
「手は大事なんだし、無理しなくていいから」
「気を遣ってくれてありがとう」
「俺、気が利くから」
「さすが」

甲斐くんの作った料理はとてもおいしかった。ふたりであけた引っ越し祝いのワインは2本目に突入し、こんなくだらない会話がすでに2時間ほど続いていた。
そんな楽しい時間はあっという間で、明日が早い甲斐くんをお風呂に送り出し、私は洗い物と片付けをひとりで進めていた。

私がお風呂からあがり、髪を乾かして寝る準備を済ませたころには、すでに彼はもう可愛い寝顔を見せていた。
起きているときの甲斐くんの顔からは想像できないほど無垢な表情に、私はつい笑みをこぼす。

さっきの昼寝の影響でまったく眠気がこない。
寝ている甲斐くんの顔を眺めていられるなら、それが幸せなんじゃないかと思い、同じベッドに入っているものの、彼のぬくもりを感じながら今の幸せを体中で感じていた。


──


人間の習慣とは恐ろしいもので、学校がないこの時期、自分のベースで生活を続けていたら、私の昼寝の習慣は気づくと一週間も続いていた。
はじめは甲斐くんの寝顔を見ながら夜を過ごしていたが、彼を起こしてしまっては申し訳ないと思い、ここ数日はキッチンだけに明かりを点けてスマホをいじったり、読書をしたり、夜をひとりで楽しんでいた。

何でもない後ろめたいことをしているわけでもないのに、夜に起きているのはなんだか特別感があってワクワクする。
昼間に同じことをしていても感じられない高揚感が、この夜更かしに拍車をかけていると思う。

今日は何をしよう?
こないだ買ってきた小説は昨日の夜に読み終わってしまったし、今日はスマホにイヤホンをさしこんでドラマを見よう!

まだ眠気がこないから、あと1話。あと1話。と見ていたら、突然私の肩に手がかかった。

「ひゃっ!」

こんな夜更けに肩を叩くなんて心霊現象かと思い、驚きと恐怖で出したことのない悲鳴をあげた。
そんな情けない声を出した私の視線の先には、不機嫌そうに眉間にシワを寄せた彼氏が立っていた。

「なにやってんの」

あわててイヤホンをはずし、スマホの画面をロックしたが、何も取り繕えないのはわかっている。

「……」

その場で腕をつかまれた私は、彼に引っ張られるまま薄暗いリビングに連れて行かれる。
夜中に一気に明るく照明をつけたまぶしさに目がチカチカしたが、そんなのこれから起こるであろう出来事に比べたら、気にするほどのことではない。

結局、罪悪感を抱くような出来事はいつかバレてしまうものだ。私はいつものようにソファに座った彼の前に正座して、ここ一週間で過ごした、私の悪い習慣を洗いざらい白状させられた。

「で、どう思ってるの?」
「良くはないなって、思ってる」
「このまま、今の生活リズム続けるつもり?」
「今の生活リズムは直そうと思ってるよ」
「そう思って一週間経ってるわけだろ?」
「そうだけど」

なんだか、自分の甘さがイヤになる。
声だけで甲斐くんの機嫌の悪さがわかる。
それなのに言い訳しか出てこない。

「ちゃんと俺の目を見て」
「……」

そんなこと言われて素直に甲斐くんの目を見れるほど、私の心に余裕はない。
はぁと深いため息が頭上から聞こえた。

「わかった、寝かせてやるよ」

甲斐くんはそう言い放つと、ソファから立ち上がり正座している私の両脇に手を入れ無理やり立たせ、またソファに座り直しあっという間に膝の上に乗せてしまった。
私が抵抗する間もなく、勢いよくパジャマと下着を一気に膝までさげてしまうと、甲斐くんの膝の上でお尻が丸出しという恥ずかしい姿になってしまった。

「えっ寝かせるって言ったのに!」

私の一言がまるで何もわかっていないと言わんばかりに、きっつい平手がお尻に落ちてきた。
二打、三打ときつい平手が容赦なく私のお尻に打ち込まれる。

「泣いたら寝れるだろ」

聞こえる甲斐くんの声は相変わらず機嫌が悪そうだった。

「泣かなくても寝れるよ」

反射的に言い返してしまったのが良くなかった。
甲斐くんの左手がぐっと私の腰をきつく抑えたと思った途端、お尻を叩く右手はバシンバシンバシンと、さっきのペースの倍速で動き始めた。
まずい。そう思ったときには後の祭り。
私のお尻はみるみるうちに彼の手により赤く染まっていた。
バシッバシッと右、左、真ん中、と私のお尻をまんべんなく叩く手は、寝起きとは思えないほど的確に狙いを定められている。
回数は50を超えてきたあたりだろうか、こんな情けない理由で彼氏にお仕置きをされている自分がイヤになり、じわじわと涙が浮かんできた。

「もう、やだぁ……お尻、いたいよぉ」

涙が頬を伝ったが、彼の手は止まることなくお尻に痛みを与え続けている。

今は真夜中。
普段なら時計の針が進む音だけが聞こえている時間だ。そんな静かな時間であるはずの今、自分のお尻を叩く音が部屋中に響き渡っているのは、世界に私と甲斐くんしかいないんじゃないかと思えた。

何回と宣言もなければ、お説教もない。
黙々と叩かれるのは、いつ終わるのかもわからないお仕置きは、とても恐怖に感じる。

涙が軽く床を濡らし始めた頃、涙腺とつながっている鼻では、ぐずぐずと鼻をすすらないと鼻水をたらしてしまうんじゃないかというくらいの影響が出てきた。

「えぐっ……泣いてるよ?……寝るからぁ……超泣いてる……」
「知ってる」

甲斐くんの一言は無情だ。
当たり前だが、私のお尻を叩く手は止まっていない。
涙が出てきたあたりから、数をかぞえていないのでわからないが、お尻の感覚では100回はこえている気がする。
泣くまでお尻を叩くと聞いていたので、泣いたと知ったらお仕置きが終わるものだと思っていたが、やっぱり私の彼氏はそんなにすぐに許してくれるわけがなかった。

「あーん、痛いよぉ……痛くて寝れなくなっちゃう」
「へぇ、そんなこと言える余裕あるんだ」

ぼそっと彼はつぶやく。
バッシーンと叩かれてるお尻はもちろんのこと、耳も痛くなるほどの強い平手が、真っ赤に腫れたお尻に叩き込まれる。

「俺、結構眠いの」

バッシーンと、さっきよりペースは遅いが確実に狙って痛く叩いているのがわかる。

「ごめんなさい、反省してる」
「明日から何時に寝る?」

質問と同時に、また強い1打が私のお尻に落ちてくる。
叩きながら聞くなんて、頭回らないのに……。

「え……っと」
「何時?」

何時に寝るって言えば許してくれるんだろうと考えていると、またきつい平手がお尻のど真ん中を狙って叩き込まれた。

「いたぁ!えっと何時がいい?わかんない」

質問に質問で答えてしまったが、やはりお仕置きの手は止まらずきっちりとお尻に平手を落としてくる。

「うーん、安易に約束させるのもよくないから、明日話そう」
「うん」

お互いの信頼関係を壊したくないという、甲斐くんの優しさと律儀な性格がわかる提案を聞けて、少し胸をなでおろすことができたが、やっぱりまだお尻を叩くのは続いている。

「ちゃんと寝れそう?」

バッシーンといい音が部屋中に響かせ聞くことじゃない。
お尻はじんじんと痛んでいるのに簡単に眠れるのだろうか。

「……うん」
「わかった」

甲斐くんの一言で終わるのかと思って、気を抜いたお尻に、最後バッシーンバッシーンバッシーンときつい3発が落ちてきて、私は言葉にできない声を発した。

「おしまい。寝るぞ」

やっとお仕置きから解放された私は、じんじん痛む真っ赤なお尻を出したまま床にしゃがみこんでしまったが、甲斐くんはそんな私の余韻など知るかと言わんばかりに立ち上がると、私の腕を引っ張り上げ有無を言わせないまま軽々と私を抱き上げる。

「ちょ、えっ、待って」

真っ赤に腫れたお尻を出したままの状態で、お姫様抱っこされてもロマンのかけらもない。
お尻を叩かれた恥ずかしさと、お姫様抱っこをされている恥ずかしさが混ざり合い、ぎゅっと目をつぶることしかできずにいた。
お姫様抱っこのまま寝室のベッドに連れて行かれ、丁寧におろされた。

「もう」

と真っ赤な顔でふくれっ面になって勢い良くベッドに倒れ込むと

「お尻出したままで寝るの?」

甲斐くんがが真っ赤に腫れるまで叩いたせいで痛いのに、デリカシーなさすぎじゃない?
泣いたし、お尻痛いし、お姫様抱っこって、もうなんかわけわからない。
痛いし恥ずかしいし寝る。

「ばか!寝るもん」

がばっと掛け布団をかけて甲斐くんが見えない逆のほうへ体を向けた。
ふふっと後ろから笑いが聞こえたが、泣き疲れたし恥ずかしいし、甲斐くんの顔は見ないように目をつぶった。
そんな私を後ろからぎゅっと抱きしめ、小声でささやきが聞こえた。

「寂しかった」
「……ごめん」

こんな深夜に眠いなか、厳しくお仕置きした甲斐くんの努力は功を奏したようで、私にも彼にも、そのやりとりが本日最後の記憶だった。
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