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彼と彼女のパラフィリア◆07「彼女の誤算」

甲斐くんと出会ってから、毎日の生活は、以前のようなとりあえず過ごす日常はなくなっていた。充実した日々は大学にバイトに恋愛に忙しく、きちんと予定を立てて行動しないと、あとあと自分が痛い目を見ることになるのは、火を見るより明らかなので前よりも慎重に予定を立てるようにしていた。

「あー」

私は一人暮らしをしている自分の部屋で、ひとり通帳とにらめっこしていた。
親が残してくれた遺産はすべて学費に回しているので、生活費は大学休学中に働いて貯めていた貯金と、今のバイトでなんとか暮らしているが、気づかない間に貯金の底が見えそうな金額になっていた。
大学休学中に働くということで、多くの社会経験をしてきたつもりだけど、もともと甘やかされて育った私は、どれだけ頑張っても甘えが抜けず、苦手な数字と戦いながら計画を立てていた貯金のやりくりは、かなりアバウトな収支予定だったのだと思う。
あとは甲斐くんとお付き合いするようになって、隣に並んでも恥ずかしくないような格好をしようという理由で服やカバンを買ってしまっていたのも、この危機を招いた原因のひとつだ。

「あーどうしよう」

通帳の残高を眺めていると、そんな悠長に考えてる時間はあまりなく、とにかく収入の算段を立てなければと、気持ちだけが焦るばかりで頭が混乱してきた。
とりあえずバイト増やそう。

はぁ、とため息をひとつついて、ふと時計をみると、朝から並んで予約をとった練習室の時間が結構過ぎていることに気がついた。
もういいや、今から練習しても身に入らないし今日のこのあとの授業もさぼっちゃおう。
まだまだ単位に響かないし、嫌な気分の日は家で昼寝をしよう。
私は欲望のままに一日を過ごしてやると心に決め、今日は自主休講することにした。
もちろん甲斐くんには秘密。
叱られてお仕置きされるのは、私のことを見守ってくれている愛情を感じるから好きなのだけど、やっぱりちょっとくらい息抜きがほしいし、今はお金のことで悩んでるんだからストレス発散が必要だもん。

うん、寝よう。

私はベッドに飛び込むと、あっという間に意識が遠くなり、真っ昼間にも関わらず深い眠りについたのであった。


──


甲斐くんに秘密にした自主休講の日から、私はバイトの日数を週1から週4に増やした。甲斐くんと会う日数はあまり減らさずに、学校の授業をギリギリ単位を落とさない程度に調整し出席し、自分の体に負担にならないよう、甲斐くんにもバレないように毎日を立てた予定通り、計画的に過ごすように心がけていた。

コンクールか、なにかのテストがあるのか、私には関係がないので、なにがあるのか知らないけど、ここ数日の練習室の予約はいつもより争奪戦が激しかった。甲斐くんの家にピアノが来てからは、授業の合間は練習室、授業後は甲斐くん家と甘えさせてもらっていたけど、今は夜にバイトがあるし、甲斐くんにはバイトのことを内緒にしてるのもあって、大学の練習室を使うしかないのだが、その練習室が取れないのだ。
1時間でも2時間でも練習しておきたいので、バイトを内緒にしてるのを後ろめたく感じながら甲斐くんの家に向かうことにした。

「え、うそ」

甲斐くんの家に行くとメールを送ったら、明日の夜まで実家に帰るから自由に使っていいと返信が来たので、安心したものの寂しさもあった。

「寂しいけど、練習させてもらおうっと」

相変わらず綺麗に片付いているシンプルな部屋には感心してしまう。私は片付けが苦手で、適当にしてしまうのをなるべく甲斐くんに知られないように過ごしているが、ついつい片付けを後回しにして注意をされるときがある。だから家主がいない今、少しほっとしている。

ほっとしながら練習をはじめていたら、普段より集中していたようで、気がつくと出勤時間がかなり迫っていた。私は焦りながらメイクを直し、荷物をまとめて慌ただしく甲斐くんの家を出ることになった。

楽譜は散らばり、ピアノは開けっ放し、飲みかけのコーヒーとスケジュールを書き込んだ手帳はテーブルに開いたままにしてきたけど、バイトが終わったら甲斐くんの家に戻ってきて、一気に片付けてから学校に行けばいいやと、とにかくお金を稼ぐほうを優先して行動することにした。
甲斐くんが家に戻ってくるのは明日の夜だ。学校は昼前から行く予定だから、片付けくらい余裕でできると思う。


──


「……ん」

なんか声がする。
夢だよね。
今この家にいるのは私ひとりだし、目覚ましのアラームもまだ鳴ってないし。

「おい、こら響」
「……んんん?」
「んん、じゃねーよ。起きろよ昼だぞ」

寝ている私の身体を揺らす人肌を感じ、甲斐くんの声がする。

「……え」

恐る恐る目を開くと、目の前には不機嫌そうな甲斐くんの姿が見えた。

「おはよ」
「……おはよ。早かったんだね」
「思ったより用事が早く終わったから」
「……怒ってる、よね」
「響、学校は?」

甲斐くんに言われて、慌てて時計を確認すると、どう頑張っても講義に間に合わない時間が表示されていた。自分の脇の甘さに落胆してしまったが、それより目の前にいる彼氏の機嫌のほうも気が気でなかった。

「今から頑張っても学校は間に合わない……本当、私ダメだ」

ダメな自分を認めてしまうと、頑張ってやりくりしていたことまで無駄になったように感じ、気がつくと涙が流れでてきていた。

「どうしたんだよ、別に怒ってないよ。泣くなよ」

甲斐くんはベッドに腰掛け、私の頭をゆっくりと撫でた。
不機嫌そうな表情は変わらないが、優しい声色で話しかけてくれる甲斐くんは、私の安心できる存在だと心から思った。

「……ごめん、自分が情けないなって思って。最近忙しくって、ちゃんと予定立てて頑張ってたのに、少し気を抜くと寝坊しちゃって……本当バカだなぁって」
「まあ学校のことは俺、わかんないけど。自分で反省してるなら大丈夫。怒ったりしないし」

甲斐くんの優しい言葉は、自己嫌悪におそわれている私にとって大きな救いに感じた。

「大人なんだから自分できちんとやってればいいんだから」
「……うん」
「今日はこのあと予定ある?」
「ない」
「そっか、なら一緒にいられるな。とりあえず顔洗っておいで」
「うん」

私の頭をぽんぽんと軽く叩くと、甲斐くんはベッドから立ち上がった。

「コーヒー飲むだろ?淹れてくるよ」

甲斐くんはそう言うと寝室から出ていった。私は甲斐くんに言われたとおり、顔を洗うために洗面台まで向かうと、部屋の乱雑さが目に入って片付けをし忘れていたことを思い出してそわそわしてしまう。
ぱぱっと洗顔をすませると、小走りで甲斐くんの元に戻った。
甲斐くんは楽譜とプリントが散らばっているテーブルにコーヒーカップをふたつ置き、ソファに腰掛けていた。

「あ、ごめん。片付けようと思ってたんだけどね」
「俺、学校のことは怒らないって言ったけどさ」
「うん、でもこれはダメだよね」
「だよな」

甲斐くんも私も苦笑いを浮かべてしまう。
膝をぽんぽんと叩いて合図を出されると、もう私に選択肢はなくなる。

「い、今すぐ?」
「今すぐ」

引きつった笑顔をしてダメ元で聞いてみたけど、返ってきた答えは予想通りで、私は観念してソファに座る甲斐くんの膝の上で腹ばいになるようにうつ伏せになった。
私が膝に乗った途端すぐに、部屋着にしていたスウェットと下着を一気にさげられて、お尻に冷たい空気を感じた。
そう思ったときには、痛い一発目がお尻に落ちてきていた。

「あぁっ!」
「何度も注意したよな」

バシンバシンバシンとペースの早い平手が落ちてくる。

「ごめん」

寝起きの私に大した言い訳ができるわけもなく、甲斐くんの膝の上で大人しくお尻を叩かれるしかなかった。
叩く強さはそれほど強くないが、普段より早いペースで左右のお尻を交互に叩かれていると、いつもじわじわくる痛みが今日は早く感じてしまう。
このペースが続くと足をばたつかせたりしちゃいそうだと思う私の気持ちなんか知るよしもなく、甲斐くんはバシンバシンと厳しく私のお尻を叩く。

「さすがに散らかしすぎ」
「甲斐くんが帰ってくる前に片付けるつもりだったもん」

つい出た言い訳を聞いた途端、甲斐くんの平手は一気に強くなった。
じわじわくる痛みを我慢していたが、早いペースで連打された痛みには我慢できず、私は手でお尻をかばってしまった。

「響、手は?」
「ごめんなさいっ」

甲斐くんに注意され、お尻をかばった手はすぐに元の位置に戻す。今日は腰も手も押さえつけてくれないので、痛みに頑張って耐えろと言われているように感じた。
バシンバシンと連打は続く。
軽く50発はこえただろうか、自分では見えないが、今までの経験からきっとお尻は少し赤くなってきてると思う。
ここから厳しく叩かれると、痛みに我慢できずに動いてしまいそうだ。

「ごめんなさいっ!ちゃんと片付けるよぉ。約束する」

何も言わずに連打を続ける甲斐くんの厳しさに、片付けしなかったことを後悔しながら、私はただ謝ることしかできなかった。
お尻の痛みはどんどん増している。きっとかなり赤くなってきているのだろう。

「ちゃんと約束できる?」
「うん」

やっと甲斐くんの声が聞けたが、お尻に落ちてくる平手はやまず、まだまだ私のお尻は腫らされるようだ。

「返事は、うんじゃなく、はいだろ」
「はいっ。ごめんなさいぃ」

反省してるし、後悔してるし、約束するからって思っても、そうすぐには許してくれない。甲斐くんのお仕置きは、やっぱり今日も厳しい。バシンバシンバシンとお尻を痛くする手は、まだ止まらず、私は我慢できずに、痛みから逃れるようにお尻を左右に揺らす。

「反省してるなら動かずにお仕置き受けなさい」

そう言った甲斐くんの声は優しかったが、その後に強烈な平手が3発もお尻に振り落とされた。

「あぁっ!ごめんなさいっ」

きつい平手を落とした手は、腫れている私のお尻を確認するかのようにゆっくりと撫でた。

「じゃあ次、約束やぶったらどうする?」
「やぶらないもん」
「なら次、散らかしたら木のブラシで50回な」
「えっブラシって?なに?」
「約束やぶらないなら、知らなくていいだろ」

甲斐くんは、ははっと軽快に笑い飛ばしながら、私のお尻を軽くパシッと叩いた。

「ったい」
「お仕置き終了」

私は甲斐くんの膝の上から解放されると、下着をあげる間もなく赤く腫れたお尻をだしたまま床に座り込んでしまった。

「俺、今から昼メシ買ってくるから、響はその間に片付けな」
「はい」
「俺が戻ってくるまでに片付け終わらせないと、追加でお仕置きだから」
「えーお尻痛いのに」
「もっとお尻痛くさせたいなら、そのままでもいいよ」

甲斐くんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、座り込んだ私の横を通りぬけ颯爽と出かけて行ってしまった。

片付けも終わらせなきゃいけないし、内緒にしているバイトの痕跡も画さなきゃいけないし、これ以上お尻を叩かれたら……と想像すると何日も座るのがつらくなってしまうので、腫れたお尻にそっと下着をあげて、大人しく部屋の片付けをはじめた。

今日は叩くペースが早かったから、数をかぞえる余裕がなかったけど、きっと100はこえてたと思う。そんなに厳しくしなくてもいいじゃんと考えながら、甲斐くんの片付けの重要さを身にしみて感じ、約束の重さを早くも後悔している私がいた。
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