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緋の記憶(一話完結)

夏は夜

部屋で一人きりで食べるご飯ほど、寂しいことはない。夫であるケイスケから連絡が来たのは、小一時間ほど前だった。

「もう、つまんないじゃん」

ケイスケからの連絡は、夕飯を食べて帰るからいらないという内容だった。ちょうど買い物をしていたカナは、その連絡内容を確認してから、すぐに細い肩を落とした。かごの中に入れたものを返すのも面倒だし、今から一人分の料理を作るのも面倒。とりあえずかごに入っている食材は明日に回して、自分の分だけの惣菜を確保し、歩いて帰路についた。

「……はぁ」

一人きりのダイニングに響くため息は、思いの外大きく聞こえる。カナは苛ついた気持ちを何かにぶつけるわけでなく、ため息だけでは到底ストレスを解消になるわけがない。
カナ一人だけの部屋は、あまりに静かでカチコチ時計の秒針だけが音を発している。そんな静寂があまりに慣れないものだから、ふと目についたリモコンでテレビの電源をいれてみた。

テレビで流れていた番組は心霊特集だった。8月の盆前のシーズン、心霊特集にはぴったりな時期である。ポチポチとチャンネルをかえてみても、カナが見たいと思う番組はなく、一周まわって結局心霊特集にチャンネルが戻ってきた。

「これでいっか」

一人分のサラダと少しの揚げ物、インスタントの味噌汁だけの寂しい食卓の相手は心霊特集。最近の心霊動画は、昔より手が込んでいるな、という印象を抱いたが、なんせカナの意識はケイスケの不在に苛ついているので、テレビ番組からはまったく恐ろしさを感じることができなかった。

「……つまんない」

カナが小声でつぶやく。その時だった。きっちり締めていたはずの廊下につながるドアから、普段は聞いたこともないギィと軋むような音が鳴る。カナは、ハッとしてドアの方を向いた。ゆっくりとドアが開く様は、まるで今テレビで流れている心霊特集さながらの不気味を漂わせていた。

「……ケイスケ?」

まだ帰ってくる訳がないのはわかっているが、ケイスケの名前を口に出して念のための確認をする。テレビからはキャーという叫び声が聞こえてくるし、ドアは勝手に開くし、カナはなんだか部屋にひとりでいるのが恐ろしくなってきた。

「……」

カナはキョロキョロと周囲を見渡す。なにかがいるわけでもない。お化けや幽霊なんて非科学的な存在を信じないカナは、今の状況を単に偶然が重なっただけだと思いこむことにした。

コツコツ

キッチンにある小窓から何かが叩く音が鳴った。
こんなタイミングで普段聞きもしない音がしたら、誰しも正気を失うだろう。カナ自身も平静を装っていたが、とっさに走り出し一目散に玄関に向かった。途中に置いていた財布が入っているバッグを手に取り、靴は近所を出歩くときに履くサンダルで家を出た。
マンションの大きな玄関ホールから出たころには、カナの息は少し上がっていた、マンションの外から距離を少し開け、カナは自分の部屋のほうを見る。自室の窓からは煌々と光る蛍光灯の明かりがみえた。

「なんなの……ドッキリ?」

あの光る窓からナニカが見えたりしたら、一人で部屋に戻ることなんて恐ろしくて到底できそうにもない。
ここで様子を見ても仕方がないと思い、カナは最寄りの駅まで歩くことにした。繁華街とまではいかない駅前は喫茶店やファミレス、居酒屋が立ち並んでいる。
早足で駅前まで来たからか、心霊現象に動揺したのか、カナの胸の鼓動は普段より早く、汗が滝のようにわいてくる。
目的もなにも考えず、とにかく駅前までぐんぐんと進んできてしまったカナは、駅に着いてからスマートフォンを家に置いてきたことに気づく。スマートフォンを忘れたことに焦り、逆に冷静になって今の自分の状況を思い返してみる。改めて考えてみたら、持ってきたバッグが軽いことにやっと気づく。

「はぇ?うそ?」

そうだ財布は家計簿つけるためにバッグから出してテーブルの上に置いたんだった。カナの絶望的な表情は、なんと表現すれば伝わるだろうか。ガーンという効果音が頭の上に見えるような、とにかく絶望という感情が彼女のありとあらゆるところから見える。


──


時刻はすでに22時を回っていた。
いつもより少し遅い帰りの電車は定刻通り、最寄りの駅に到着した。大勢が家路に向かって歩いている中、ふと駅前のベンチに見覚えのある人影が見えた。アルコールが少し入っているので、もしかしたら見間違いなのではないかと、そのベンチに近づいてみたが、やはりその人影は気のせいではなく紛れもない彼の妻だった。

「カナ?」

ケイスケが声をかけたら、カナはものすごい早さで声の聞こえた方へ顔を向けた。

「……ケイスケ!」
「なんで、こんなところに?」

ケイスケの姿を見て、カナは安堵したのか、今まで見せていたこわばっていた表情が一瞬で和らいできた。カナはベンチからすくっと立ち上がると、勢い良くケイスケの胸に飛び込んだ。

「……は?なに?どうした?」

普段とはまったく違う妻の様子に、とにかくケイスケはこんな状況になった理由を知りたかったのだが、カナは彼を強く抱きしめるだけで、今すぐに話を聞き出せそうもない。

「……大丈夫」

ケイスケは左手に持っていたバッグを足元におろし、カナの頭をてっぺんから形を確認するかのように、ゆっくりと撫で下ろす。

「……あのね、怖かったの」

ケイスケの存在を身を持って確認したカナの表情は、誰から見ても明るくなっていた。ケイスケはカナの右手をひっぱり、少し強引に手を繋いだ。

仲良く手をつなぐふたりの姿は、とても幸せそうな関係にみえる。


──


ケイスケは体質的にアルコールに強いとは言えない。生ビールを1杯飲んだら、顔が赤くなる体質で、酒を断る手段として日頃から言い訳として使っている。

「スマホは?」
「おうち」
「財布は?」
「おうち」
「家の鍵は?」
「わかんない、覚えてない」
「鍵持ってるの?」
「カバンにはない」
「はあ……」

そんな体質なケイスケの、大して飲んでもないアルコールはカナの語る話題で一気に抜けていった。

「だって、怖かったんだもん」

鍵を閉めていない玄関の扉をゆっくりと開けたケイスケの後ろから、カナは恐る恐る覗くように家の中をキョロキョロと確認する。

「な、大丈夫だろ」
「本当にね!ノックされたの!」
「わかったわかった」
「怖かったんだからぁ……」

本当に恐ろしかったのか、家中をキョロキョロと見回すカナ。その姿を眺めながらケイスケはゆっくりとソファに腰を落とす。

「まず家出る前に俺に電話しろよ」
「だって怖かったんだもん」

ぷうっと頬を膨らませながら、カナはソファに座るケイスケの首に手を回し、彼の膝の上に腰を掛けた。
二人少し見つめ合うと、軽く唇を重ねた。

「……へへっ、ケイスケが帰ってきたから、もう大丈夫」

カナは照れくさそうに、少しはにかんだ。そんなカナの表情は可愛く、愛らしい。

コツコツ

二人の世界は、ノック音で一気に現実に引き戻された。

「また!?」

ケイスケのカナは音が聞こえてきた小窓の方に視線をやると、見慣れたシルエットがさっと逃げていくのが確認できた。
あはははとケイスケが高笑いをすると、カナは怪訝そうな顔をする。

「ノック音は、お隣さんがエサやってるノラ猫だろ」
「え、うそ〜!?」
「今シルエット見えたじゃん」
「本当に?なんだぁ……怖がってた私がバカみたい」
「あれ、おバカさんなのカナの専売特許じゃなかった?」
「え!なにそれ失礼!」

ケイスケはニヤニヤしながら、カナの頭を撫でる。そんなケイスケの表情にカナは少し苛ついたのか、頭を撫でる彼の手を遮った。

「とりあえずお仕置きだな」
「は?なんで?」
「鍵を閉め忘れて注意されるの何回目?」
「今日は仕方ないじゃん」
「俺が聞いてるのは、鍵を閉め忘れたの何回目ってことなんだけど」
「いやだからさ」
「だから何?」
「今日は仕方ないから勘弁して」
「わかった、お尻に聞いてみるよ」

ケイスケはひとつ大きなため息をつくと、カナの腰に左手を回し彼の膝の上に腹ばいになるように体勢を整えた。

「今日は大人しく膝に乗れたね」

ケイスケはクスクスと笑いながら、膝に腹ばいになったカナの薄手のワンピースの上から、軽くお尻を叩く。

「いや、全然そんなつもりはなくて」
「あー、お仕置きされたかったのか。なるほど」
「なるほどじゃなくって」

何やら噛み合わない会話が続く。

「大丈夫、明日からの土日は、カナだけを存分に構ってあげるから」
「いや、本当にそんなつもりはなくって」
「へぇ、俺に嘘つくんだ」
「ちょっ、ちょっと」

大きく振り上げたケイスケの掌は、カナのお尻の真ん中に見事に打ち据えられた。

「ったい!」
「はいはい」

カナはケイスケの膝の上から上体を起こそうとするが、腰をきつく押さえつけられているので、足をバタバタさせる程度の反抗しかできずにいた。
そんなカナの姿を眺めていると、つい意地悪くしたくなるのがケイスケの悪癖で、ヒラリとワンピースの裾を翻し、少しセクシーな下着に関心は持たず、カナの膝まで容易におろしてしまう。

「ひゃっ、やだぁ……」

カナは強引に脱がされたことで、羞恥心を抱いたのかとっさに声を上げた。そんな最初に狙われたカナのお尻の中心部には、うっすらと赤い平手の痕が見える。

ケイスケはカナの腰をホールドしている左手に、再び力をこめてきつく抱える。右手をすっと振り上げると、肌同士がぶつかり合う破裂音と共に、カナのお尻にもうひとつ平手の痕ができた。
その打擲はゆっくりと回数を重ねる。
右、左、真ん中とカナのお尻を打つタイミングは順を追っていく。しっかりとしたケイスケの体格から、たびたび打ち下ろされる平手はとても非情だ。その平手が落ちてくるたびに、カナは小さな嬌声をあげ、痛みに耐えている。
パシンパシンとカナのお尻が打たれている音は、時計の秒針より遅く、ゆっくりとしたペースを保っている。
ケイスケの手が降り落ちてくる痛みに耐えながら、カナは心の中で数をかぞえていた。

「28、29、30」

カナがここで終われと願っていた回数の30回で、ケイスケの手が止まった。

「……お、終わり?」

恐る恐る上体を少し起こし、首をひねってケイスケの顔色を覗くカナ。

「今日はアルコール入ってるし、続きは明日にするか」
「ちょっ……えっ」
「俺、シャワー浴びてくるから、終わるまでコーナータイム」

ケイスケは部屋の隅のほうへ人差し指で差し、目線で移動するように促す。しぶしぶと部屋の隅に移動するカナを横目に、ケイスケはひとりバスルームに向かう。

悪風は夏[ヤマトとカンナ]

「どういうことなのか説明して」
タクミとアイリが宿泊しているコテージを離れ、ヤマトとカンナは二人が宿泊しているコテージまで、ゆっくりと足を進めていた。

「……」

カンナはだんまりを決め込んでいる。アイリが可愛い系だとしたらカンナは綺麗系に分類される。整っている顔と、スレンダーな体型で特に同性の女性に好かれそうなクールさを持っている。
長身のヤマトと並ぶと、まるでどこかのブランドの広告のような、見惚れるくらい目立つカップルとなる。

「お仕置きだって言ってたな、タクミ」
「……」

見惚れるようなカップルの会話は、見た目の雰囲気とはまったく違ったムードで、なかなか重苦しい。

「なあカンナ、俺も結構怒ってんだけど、返事くらいしろよ」
「……ごめん」

カンナとヤマトはとある約束をしていた。
彼らは学生時代からの付き合いで、お互いに長所と短所はそれなりに理解しあっていると思っている。
そんな信頼関係が崩れ始めたのは、一年少し前だろうか。大学を卒業して6年、順調に職場での立場を確立し、キャリアを積むヤマトに、カンナは焦りを感じていた。
大学を卒業するのをきっかけに、二人は入籍をしたのだが、当時はお金もなく結婚式は挙げずに、二人はいわゆる地味婚と言われる、結婚記念の写真と親しい身内でお祝いするだけで済ませていた。
仕事が落ち着いたら結婚式をちゃんと挙げようという約束をして、二人は仕事に励んでいたのだが、順調にキャリアップしていくヤマトと比べて、カンナは職場での頭打ちを感じていた。
そんな日々のストレスを紛らわせるように、カンナは身につけられる洋服や靴、カバンを意味もなく大量に買っていた。
学生のころに比べて収入はそれなりにあると言っても、家の中に大量に積まれた靴の入っている箱や、まだ一度も使ってないカバンなどが、いやでも目に入る生活。ヤマトはそんなカンナを見て痛々しい気持ちになっていた。
「仕事やめていいよ。そんなにつらいなら」
いわゆる買い物依存症になっているカンナに、ヤマトが優しく声をかけたのは旅行直前のことだった。

「そうしよっかなぁ……」
「今、働いてても結局いろんな物を買って、貯金すらままならないんだし、カンナが仕事やめていつものカンナに戻るなら、俺は頑張って支えるよ」

そんなヤマトの言葉に、カンナは懐の深い愛情を感じた。何か仕事と違うところで、自分の心の拠り所を探していたカンナにとって、買い物依存症から抜け出せるチャンスだと思い「うん、そうする」と、ヤマトの好意に甘えることに決めた。

ヤマトとカンナが自分たちのコテージに戻るのと、タイミングを合わせたかのようにゆっくりと日が落ちてきていく。
普段なら綺麗だと、二人並んで眺めているだろう美しい夕焼けの赤は、まったく心に響かない。ただの夕焼けだった。
部屋に戻るなりヤマトはリビングのソファへ、カンナは荷物をまとめておいている寝室へ別れた。

「どーすっかな」

ヤマトは悩んでいた。カンナには怒ってる雰囲気を受け取らせるためにきつい言葉で話していたが、実際のところは心配で仕方ないのだ。
ソファに一人座っていても、考えがまとまらずにただ時間が過ぎていきそうな気がしてならなかった。
素直に相談してくれれば、俺だって話くらいは聞けるし、どんなつらいことがあっても二人で乗り越えたいと思っている。この気持ちはカンナに届いているのだろうか。

「はぁ……」

ヤマトのため息は大きい。
家だとお互いになかなか腹を割って話せないことが多い。
結婚してもう七年も経っているのだから、世間一般ではそんなもんだと言われるだろう。
タクミとアイリの後押しもあって、遅めのハネムーンとなったが、楽しいことだけでこの旅行は終わりそうにもない。ヤマトは家じゃ話せないことをカンナと少し話してみようかと考えた。
ふと時計に目をやると、ディナーの20分前。ヤマトは慌ててカンナのいる寝室へ足を運んだ。
トントンと一応ノックはする。
これが彼らのルール。

「入るぞ」
「……」

さっき大量に持ってた買い物袋は、ベッドの脇に無造作に置かれたままで、カンナはベッドの上にうつ伏せになって寝転がっていた。

「ディナー楽しみにしてたろ、そろそろ出ないと」
「……」

ヤマトの問いかけにはなにも反応がない。
しびれを切らしたヤマトはベッドに寝転がっているカンナを抱き起こした。

「怒ってないから」
「……うそ」
「メシ食ったら二人で話そう。つらいんだろ」
「……」
「だから夕飯はノンアルな」
「……」
「……な?」
「……わかったよ」

語尾を強めたヤマトの喋りからは、意思の強さを感じた。カンナも何か言いたそうな顔をみせたものの、何も言い返さずにに夫の提案を飲んだ。


──

いいムードというのだろうか、少し薄暗い店内をセンスのいいデザインのテーブルと椅子が並んでいる。雰囲気だけでリゾート気分を味わえるようなレストラン。テーブルを4人で囲んでいるが、まるでお通夜のような空気が流れている。

「料理冷めちゃうから、アイリちゃんもカンナも早く食べなよ」

あまり食の進まない女性陣を見かねてヤマトは口を開いた。

「取ろうか?」

アイリに向かってタクマが声をかける。
タクマの優しさなんて聞く気もなく、アイリはまるでフグのように頬を誇張させて膨らませながらぷいっと横を向いた。

「楽しくない」
「夕飯は気持ち切り替えなさいって言っただろ」

タクミは困ったような表情を見せながら、小さめの声でアイリを諌める。そんなタクミの気遣いなんて気にもしていないアイリは、拗ねた声で発言した。

「だって、痛いのに!そんなの無理だよ」

アイリの「痛い」という発言に、なんの話かわからないヤマトとカンナは目を丸くしていた。

「お仕置き足りなかった?」

困った表情のままタクミはアイリに問いかける。

「ち、違うもん」

アイリは膨れた頬ををしぼませ眉間にシワを寄ると、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

「なぁタクミ暴力はよくないんじゃ……」

痛いというアイリの発言に引っ掛かったヤマトは、ついタクミ夫婦の会話に口を挟む。

「暴力っていうか躾?」
「しつけ?」
「そう」

タクミから返ってきた単語は、大人に対して使われることがあまりない言葉だったので、ヤマトは少し怪訝な顔をする。

「お仕置きだよ」
「ちょっ!ストップ!ストップぅ!!」

さっきまでしゅんとしていたアイリは、大きな目を見開いたり閉じたりして突然騒ぎ始めた。タクミは隣に座って騒ぎ立てるアイリの頭をぽんぽんと撫でてなだめている。

「悪い子のときはお尻叩いてるんだ」

タクミがヤマトとカンナにさらりと事実を告げた途端、アイリは恥ずかしさを隠すにもどうにもできず、とりあえず両手で顔を覆った。

「そういうことか」
「そう。お仕置きされてお尻が痛むらしいよ」

タクミはアイリの頭を撫でながらくすりと笑う。ヤマトは納得したのか、うんうんと頷いていたが、カンナはそんな三人をただぼーっと見つめていた。

この後、解散するまでアイリのお仕置き話に花が咲いたが「たっくん嫌い」のインパクトのある一言が飛び出し、ぷんぷんと怒ってしまったので、その話題から離れる結果となった。


──


二人で話す時間は、そう長くは続かなかった。カンナは黙ってるか、話しても会話を濁らせる程度で、ヤマトは腕を組みながら眉間にシワを寄せ悩むしかなかった。

「うちもお仕置きしてみるか」
「……?」

タクミとアイリの話から、もうこの手段しかないだろうとヤマトは提案してみることにした。カンナはそんなヤマトの発言にハッとなったようで、俯向き気味だった顔を上げた。

「意地っ張りで素直じゃないカンナには、おしりぺんぺんが効くんじゃない?」
「うーん」
「うーん、なに?」
「有りだと思う」
「マジか」

カンナの返事はヤマトの予想とは違っていた。単なる脅しを口にしただけなのに、カンナに受け入れられるなど思ってもみなかった。リゾートを感じさせる籐製のソファに腰掛け、向き合ってる二人。

「よし」

その間の静寂を破ったのはヤマトだった。
ソファに座ったまま、太ももを二回叩く。

「おしりぺんぺんといえば、膝の上だろ」
「……それは恥ずかしい」
「早くおいで」

カンナの頬は紅潮し、顔は少しこわばっていた。彼女は恥ずかしそうにゆっくりと立ち上がり、ヤマトのもとへ足を進める。
ヤマトのところまで来たカンナは左手首をつかまれ、そのまま膝の上に腹ばいになる体勢を整えられた。
くるぶしに届きそうなロングのワンピースを一気にめくりあげ、少しセクシーさがある水色の下着をはいた小ぶりのお尻が現れた。

「10回叩くよ」

ヤマトはそう言いカンナの最後の砦となっている下着も膝のあたりまで下ろしてしまった。

「やっ……ちょっと」
「はい、いち」

カンナから出た焦りの表情と戸惑った声は、ヤマトが振り下ろした平手を打ち込む破裂音で一気にかき消された。

「痛いっ!」
「に」

1打目は左だったので、2打目は右。
カンナはぎゅっと目を瞑って、逃げることなく大人しく膝の上で耐えている。
こんなに健気な人だったのかと、自分の見たことのないカンナの姿は新たな発見だと、ヤマトは少し嬉く思った。

「ひとりで抱え込まないで」
「……」
「さん」

ヒュっとしなる腕の音がした瞬間、カンナの左の尻たぶに強烈な平手が打ち込まれる。

「素直に俺に相談して」
「……ぇん」
「よん」

左右平等、的確に平手が振り下ろされる。カンナのお尻は少し赤みを帯びてきた。

「言わなきゃわかんないだろ」
「ごめん」
「夫婦なんだから」
「ごめん」
「無理しろとは言わない」
「うん」

5打、6打、7打とカウント無しで、少しペースも早くなり、ヤマトとカンナの会話はさっきより続くようになっている。

「ちゃんと構うから」
「ごめん」

カンナの白い肌と、ヤマトの平手による赤いあとがコントラストようになっている。

「あと2回」

ヤマトはそういうと、かなり優しくパンパンと2打振り落とした。

「おわり」

そういうとカンナを起こし強く抱きしめた。ヤマトの力にはかなわないが、カンナも負けじとヤマトを抱き返す。

「少しくらい我儘言ってもいいから」
「ごめんね。ずっとひとりで考え込んでた」
「俺たち夫婦なんだから、これからはふたりで考えよう」
「うん」

カンナは自分でなんとかしようと考えていたことで、ヤマトに心配をかけていたのに気付かなかった。ヤマトの優しさに触れたことで、心を閉ざしていた自分にやっと気づいたのだ。

「お尻、痛かった?」
「ちょっとかな」
「今度から悪い子だったときはお仕置きしようか」
「有りかも」

カンナのひっかかっていた心のつかえがとれたとき、代償としてヤマトとの新しい関係がうまれた瞬間であった。

悪風は夏[タクミとアイリ]

一応前後編で書いています。
語源は「悪婦破家」という四字熟語から来ています。
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日差しは強く目に入る太陽のサイズは自分が知っているものより数段大きく感じる。
ジリジリと熱い日差しは、海から流れる潮風と相まって常夏の気分を高揚させた。日本のような高い湿度はないので、汗なのか湿気なのかわからない服が湿っていく気持ちの悪さは一切ない。汗をかいたシャツも外に出れば潮風と日差しで一気に乾いてしまいそうだ。

こんなカップルで来るような開放的で非日常的な島に、なぜか男二人でまばゆい太陽の日差しの下、おしゃれなビーチベッドに寝転ると、雲が少しずつ流れていく様を見つめながら他愛のない会話を交わしている。

「あいつらいつ戻るって言ってたっけ?」
「さあ、起きたらいなかったし、メールでは夕方には帰るって言ってたけど」

180cmはこえているであろう長身で広い肩幅、短髪で目鼻立ちがしっかりとした男がビーチベッドから立ち上がり、長い両腕を天に向かって振り上げたかと思うと「うーん」と大きく伸びをする。

「なあタクミ、もうひと泳ぎするか」

その大男にタクミと呼ばれた男は、熱帯特有の眩しい日差しに目を細めながら、ビーチベッドに寝転がったままで「もういいだろ」と言い捨てる。

「機嫌悪すぎ。せっかくの新婚旅行なんだから、そんな怒んなって」

そう言われたところで、タクミは苦い顔をやめる気はない。

「ヤマトはあいつら、いま何してると思う?」
「さあ?買い物?とか?」

機嫌の悪いタクミをよそに、ケラケラと高笑いをする背丈の高い男の名前はヤマトという。

「はあ……」

つい大きく出たタクミのため息は、親友であるヤマトの耳にも届いだようで「とりあえずコテージ戻るか」と、怒っているタクミに手招きをしつつゆっくりと歩きだした。


──


海上に等間隔で並ぶ、いわゆる水上コテージに男二人。
ハネムーンなのにお互いのパートナーは不在。そんな馬鹿げたシチュエーションが予想外に訪れた二人の反応は真逆だった。タクミは苛立ちを抑えきれずひっきりなしに、体のどこかを動かしてストレスを発散させようとするも、原因が解消されるまでどうにもならないことなので、ただ耐えているようにみえる。そんなストレスを溜めているタクミに反してヤマトはなるようになるさと飄々と過ごしているようだ。

「タクミ、イライラしすぎだって。ちょっと出かけたくらいで、そんなにイラつくようなことか?」
「旅行に来る前に約束したんだよ、色々まわりたいけど俺にはついてきてほしくないとか言うから、それなら4人で行こうってな」
「なんで、アイリちゃんはタクミと出かけたがらないんだよ。すでに仲が悪いとか?」
「んなわけない」
「だよな」

タクミの妻であるアイリがタクミと出かけたくない理由はふたつあった。
ひとつはあれやこれやと見て回っていると、ついてきてくれるのは嬉しいが機嫌が顔に出るのがイヤだということ。
ふたつめは衝動買いをしそうなときは、何度も買っていいのか確認してくること。
その話を聞いて、ヤマトは「ほほう。なるほどね」と笑う。

「なんで笑うんだよ」
「タクミは家でも外でも口うるさいんだなと思って」
「そんな口うるさい?俺が?」
「高校とか大学のころ付き合ってたお前の元カノにも、何度か似たような相談されたことある」
「は?なんだよそれ」
「そして気が短い」
「うるせぇ」

この二人、ケンカをしているように見えるが、昔から軽口の叩ける仲の良い間柄なのである。

「ヤマトはカンナに怒ったりすんの?」
「うーん……ある」

ヤマトの妻であるカンナとは、大学で同じ学部の同じ学年で3人で過ごすことも多く、大学卒業を機に入籍はしたが、仕事が安定する今までは大きな散財は控えるようにしていた。結婚式も写真だけ撮って、今回の旅行もタクミとアイリから誘われなかったら、新婚旅行すらなかったかもしれない。
そんな堅実な夫婦の妻に何を怒ることがあるんだとタクミは疑問に思ったが、いつも簡単に口を開くヤマトがあまり話したくなさそうなオーラを出していたので、これ以上追求することはやめた。

バタバタ、ガタンっ

大きい音を鳴らしながら、リゾート地を楽しんでいるカラフルなワンピースを来た二人の奥様方がコテージに戻ってきたらしい。

「ただいまー」

アイリは持ち前の愛嬌のある声と、その物音は両手で抱えきれないほどの荷物を持って戻ってきたことを知らせる。
タクミはそんなアイリの顔も見ずに、ただ黙ってソファに座り左腕は肘掛けにかけ、頭を手でささえていた。
体のありとあらゆるところから、機嫌の悪さを醸し出しているタクミを見て、アイリはシュンとした表情を見せながら、一緒にいるカンナとヤマトの顔色ものぞいてみる。
なぜかヤマトも機嫌の悪そうな顔をしていたが、そのヤマトの顔を見ているカンナの顔もアイリと似た落ち込みせていて、楽しいはずの新婚旅行の水上コテージの一室は異様な空気が流れていた。

「ヤマト、カンナ、ごめん。俺コイツにお仕置きするから、お前らのコテージ戻ってもらってもいい?」
「ちょ、タっくん、なんで!」
「アイリは黙ってなさい」
「タクミ、あんまり厳しくアイリちゃんに言い過ぎるなよ、成田離婚になったら笑えない」
「じゃあまた後で夕食のとき電話する」

カンナは自分の手に持っている荷物をそのまま持ってタクミたちのコテージを出ようとしたら、さっとヤマトがその荷物を取り上げて持つ。
「ちょっと」
「持ってやるよ」
「いいってば」
そんなやりとりが見えたあと、バタンと小さい音がして入り口である玄関の扉が閉まったようだった。

「で」アイリの目を見つめてタクミは呟く。アイリはそんなタクミとは目を合わさないように、キョロキョロ周囲を見回している。

「アイリ、約束やぶったらどうするって言ったっけ?」

ソファに座ったままのタクミは、立ちすくむアイリに穏やかな声で話しかける。
「え」と間を置きながら、色々頭の中をめぐらせて考えをしぼるアイリにタクミは追い打ちをかける。

「答えないなら数、増やそうか」

その追い打ちは、アイリにとってとても重みのある言葉だったので、少し時間がかかったが答えを出すことができた。

「……お仕置き?」
「そう」

うんとタクミはひとつ頷く。
そんなタクミを見てアイリはとっさに驚いた表情を見せて「今?」と聞く。はぁ?と言わんばかりの顔をして「当たり前だろ」と答えるタクミ。
タクミの言葉を聞いたアイリは、我慢できずその場で地団駄を踏む。

「やだぁ……せっかくの新婚旅行なのに」
「……」
「日本に戻ってからにしようよ。今はやだ!」
「……」

ごねて文句を投げ捨てるばかりのアイリに業を煮やしたのか、タクミは立ち上がりアイリに近づく。タクミに近づかれてアイリはとっさに後ずさりするが、すぐ後ろには壁がありこれ以上逃げられそうもない。タクミはアイリの左手首をぐっと握り、思いっきり自分の左のほうへ一気に引き寄せる。アイリはその勢いに勝てず、引き寄せられるとそのままタクミの左腕を腰にまわされ、思いっきり手を振り下ろされた。パンッと少しくもった破裂音がなると、アイリは「やだぁ!」と声をあげる。タクミとアイリの中でお仕置きと言えば、お尻を叩くことなのである。

「やだやだやだ!」

アイリは足をばたつかせ必死に逃げようとする。アイリの腰を左腕でがっちりとホールドしているタクミの手際の良さをみると、普段からどんなやりとりをしているのか容易に想像できる。

「俺は約束をやぶるほうがいやだな」
「痛いもん」

タクミから顔が見えない体勢をいいことに、アイリはペロっとしたを出す。そんなふざけたアイリの姿など見えてもいないはずだが、タクミはわかっているかのように腰に抱いたアイリをそのまま抱き上げた。

「え、ちょっとぉ!」

いわゆるお姫様抱っこ状態になったアイリは少し恥ずかしくなり、足をバタバタ動かしてタクミの肩をポカポカと叩いた。

「いい子にしてろよ」

ムスッとした表情のまま、タクミはアイリを抱き上げてソファのほうに移動し、ゆっくりと優しく下におろす。床におろされた途端、アイリは頬をぷくっと膨らませ「アイリいい子だし」と強く言い返した。

「約束やぶって勝手に出かけたアイリが?いい子?」

「へぇ」と言わんばかりの表情を見せながら、三人がけくらいのサイズだろうか、日本のリビングにあったらきっと存在感がありすぎる。そんなサイズのソファに腰掛けタクミは彼自身の膝をぽんぽんと2回叩いた。
これはいつもの合図。

お膝に来なさい。

アイリはタクミにそう何度も嫌になるくらい、その合図でお仕置きを受けてきた。いくら逃げても、言い返しても、なにをどうしてもお仕置きはお仕置き。その状況が一転することは今まで一度もなかった。

ぽんぽん

二度目の膝を叩く仕草をみせるタクミ。これはもう逃げられまいとアイリは観念し、一歩ずつ足を前に出す。ソファに腰掛けたタクミの膝の上にゆっくりと腹ばいになる。

「自分でお膝に乗れるなんて久々だな」

珍しく従順なアイリを目の前にして、タクミは思わず口を開いたが決してイヤミで言ったわけでなく、驚き半分嬉しさ半分の感情を抱いていた。

「うるさぁい!」

叱られているのに、突然褒められるような言われ方をすると恥ずかしくなってしまい、アイリは大きめの声でタクミの発言をかき消した。

「へぇ、そんなこと言える立場じゃないだろ?」
「だって」
「お仕置きなんだから大人しくしなって」
「やなんだもん」
「約束やぶったらアイリが悪い」
「そうだけど……」

バシンとまた曇った音が聞こえる。
ゆっくりと1発アイリのお尻にきっちりと平手が叩き落とされた。

「いたっ」とアイリは思わず声をあげるが、何を言っているんだとやれやれと言わんばかりの表情のタクミは「服の上からだと全然痛くないだろ」と言いながら、ワンピースのスカートを裾から思いっきりめくりあげた。

「ちょっと!やだって!!」

アイリは必死に抵抗するも、そのまま一気に下着までさげられてしまう。

「やあ!無理ぃ!!!やめてよ」

アイリの必死の抵抗はまだまだ続いている。
両手でお尻をかばおうと動こうとするが、タクミの左手はきっちり彼女の両手首を抑えつけ、お尻は彼の股の間に挟まれるような体勢に、アイリの気づかない間に一気にセットされていた。

バッシィンと皮膚と皮膚がぶつかり合う破裂音がしたかと思うと、アイリの金切り声とその打擲音が聞こえるだけの空間が広がっていた。
タクミは既に説教をする気はそんなになかった。嫌がるアイリにお仕置きをするのは、正直心が傷む。可愛い妻にそこまで痛い思いをさせて、お仕置きするなんてと思ってしまう考えは片隅には残っている。
だが、これからもずっと彼女と一緒に過ごしていくことを考えると、良いことと悪いことの判別をお互いにすり寄せてルールを作るべきだと考えている。もちろん自分たちが守れる範囲で、提案していって毎回話し合いとまではいかないが、それなりに話してふたりの生活を、より良いものにしていく。

「いったいぃぃ。ねぇ!!タクミ無理だよぉ……もうダメ……」

そんな可愛らしいアイリの嘆きの声は耳に入っているものの、まだまだタクミは許すつもりはなかった。
ふと頭をあげると今時計は16時半を指していた。

「ずっと叩くかどうかはアイリ次第だけど、今回のお仕置きは5時までね。いい子だったら早く終わるよ」
「え、あと30分もあるじゃん!無理!!!」
「無理かどうかは聞いてないから、反省しなさい」

結局そこからはバシンバシンと痛々しい音だけが部屋中に鳴り響く結果となった。
このあと18時からは4人で仲良く夕食を食べる予定でいるが、果たしてアイリは、座っていい子にご飯を楽しめるのか甚だ疑問ではある。

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次回はヤマトとカンナ編です。お楽しみにお待ち下さい。

大抵抗

※フォロワーさんが目撃した、街角のとあるカップルのやりとりから妄想をこじらせた結果の小説です。



ゴールデンウィークは過ぎ、次の祝日はまだまだ先の梅雨前。日本人なら誰しも一番つらい5月病にも襲われているような、5月の最終週。
夏の日差しがたまに覗く昼間は、乾いた風が心地よい本日は日曜、絶好のお出かけ日和だ。
待ちゆく人々は夏の準備か、アパレル系のショップ袋を下げている人が多い。街はいつの間にか春から夏に、インテリアからファッション、人々までもが季節を変えていた。

そんな景色なんて、私の目には入らない。

「もぉやだぁ!」

普段の三倍は大きな声をあげ、私は拒絶していた。
私の右の手首は彼氏であるミズキくんの大きい手でぐいっとつかまれ、街のはずれのほうへいやいや引っ張られているのだ。
こんな街の真ん中で大きい声出して、迷惑だって思わせたい。
やだもん、だって。

「ダメ」

そんな私の企みは、彼が簡単に一蹴してしまう。
いつもそうだ。
でも、今日は本当にいやなの。
行きたくないし、手だって痛いし。

「もぉお!離して!」
「離さない」

ミズキくんの手を離させようと、掴まれていない左手でバシバシと彼の左腕を叩くが、彼の引っ張る強さと歩く早さについていかなければ、思いっきり転んでしまいそうで無理やりついていくしかった。

「いやだぁ!!」
「いやだってば!!!行きたくないの!」

自分の意思で止まることのできないこの流れを変える方法はひとつしかないと思い、出来る限り彼氏にいやだとアピールをした。
私のアピールが届いたようで、ぴたっと彼氏の足が止まった。

「ソラ、静かにしなさい、我儘がすぎる!」

許してもらえると思って顔が緩んだ私に、振り返り言ったミズキくんの顔つきは厳しいものだった。

「やだやだやだ!」

静かにしなさい?
我儘?
勝手に進めてるのはミズキくんのほうでしょ!

「行きたくないって言ってるじゃん!!」

抵抗する声は一層大きくなるばかりだ

「ねぇ!!!聞こえてるんでしょ?」

絶対に聞こえているはずなのに、ミズキくんの足が止まる予兆はまったく見えない。

「大きな声出さないの、みんな見てるのに恥ずかしいよ?」

さっと振り向いて私に話しかけた彼氏の顔は、今まで外で見たことのない冷たい表情だった。
ミズキくんのそんな表情を外で見てしまったら、そんなに大きな声を上げて抵抗しても仕方ないんじゃないかと思えてきた。

私がそんなに嫌がってるのには理由がある。
今から連れて行かれる場所は、いわゆるラブホテル。
なんだ、エッチなことを期待すればいいだけで、彼氏は優しくしてくれるよ。怖くなんてないよなんて、考えは本当に的はずれ!

私は彼氏のミズキくんから、我儘を言ったり約束をやぶったりするとお仕置きをされる。
お尻を叩かれるお仕置きだ。

お仕置きされるのがいやだと友達に相談したこともあったけど
「お仕置きって言うからつらいものなのかと思ったけど、ただのお尻ぺんぺんじゃん。少し我慢すればいいだけでしょ。お子ちゃまなソラにはピッタリのお仕置きじゃん」
と親友は笑う。私としてはかなり恥ずかしい相談だったのに結局、なんのアドバイスも得られなかった。

ミズキくんのお仕置きは、お尻ぺんぺんという表現ではすまないかなり厳しいもので、今日このまま連れて行かれるホテルでは、私が泣いて謝るまで絶対に許してはもらえない。
そんなつらいお仕置きが待っているのがわかっているので、少しでもそんな負担を減らそうと反抗したのが、火に油を注ぐ結果となってしまったみたいだ。

大きいベッドが真ん中に存在感を出しているホテルの一室。その大きいベッドの端だけしか使っていない私達は、ホテルの客としては上客なのではないかと思ってしまう。

「どうしてお仕置きされたの?」
「……」
「ソラ、ちゃんと答えなさい」

彼氏のミズキくんの膝の上に腹ばいになった状態で、スカートをめくられ下着は膝までずり下げられ、すでに真っ赤に腫れ上がったお尻をぽんぽんと軽く叩かれた。

「我儘……言った」

ホテルについた途端、うちの厳しいミズキくんは、自分で下着をさげて膝に乗りなさいと指示した。ホテルに連れて行かれる事自体を抵抗していた私にそんなことをできるわけもなく……。結局、ミズキくんに無理やり膝の上に乗せられ、ぐいっと一気に下着をおろされ、はじめから強いの平手でお尻を叩かれはじめたのだ。
そんなスタートからはじまったお仕置きは、いつものお仕置きよりも厳しく、数は数えていないけれど軽く10分以上はバシバシと強めの平手で叩かれ続けていたと思う。

「そう。我儘言ったらお仕置きだから、これからも」

……えぇぇぇぇぇぇ。

そう言えるのは心の中だけ。
怖くて厳しい彼氏には「はい、ごめんなさい」と言うしかなかった。

でもだって

ベッドとソファがおいてある一室。建物の外観はいわゆるラブホテルと言われるような街の風景にそぐわない派手な赤色をしている。ホテルの名前にはファッションホテルと頭についていて、ラブホとは少し何かが違うのかもしれない。そんな名前など気にしている人間が利用することはあまりなく、疑問に思うことすらないだろう。

部屋は薄明かりのみで、ソファに手をついて尻を突き出した20代半ばだろうか、どちらかといえば綺麗系といわれる女と、革のベルトを半分に折りたたんで両端を手に持ち振り上げ、彼女の尻に思いっきり打ち下ろしている長身でスリム体型の男がいる。
女の上半身は着衣をしているが、下に穿いていたであろう服はふくらはぎから足首にかけて絡みついており、下半身は丸出しになっている。

「8」

男の声は低く冷たい。
まるでモノをカウントしているかのような、つぶやきに似た物言いのあとすぐだった。ヒュッとベルトがしなる音がしたかと思うと、その後すぐにビシィッと革と肌がぶつかり合う、耳に慣れない音が鳴る。

「はちひぃぃ」

一生懸命に耐え、数をかぞえることに集中している彼女の尻は、すでに平手でうんと叩かれたのか、ベルトの痕の下は尻は全体が赤く腫れている。元の肌の色がわからないほど真っ赤に染まっている尻は、さわるだけで熱をもっていそうだ。

ベルトで叩くと、肌の表面が一瞬で苛烈な痛みと熱を与える。
次の一打がくるとわかっているので、力んで切れ長の綺麗な目元はぎゅっときつく閉じられている。

「9」

女は「ひっ」という我慢していても、つい声が出てしまう。

「……き、きゅう」

男の手が止まった。
手が止まったとはいえども、決してお仕置きが終ったわけではない。
一般的には聞こえる声でも、彼が指示を出した「はっきりと数える」が出来ていなかったので「聞こえない」と冷たく言い捨て、さっきより一層痛そうな音が部屋に響く。

「き!きゅう!!」

女は「聞こえてるだろうに、意地悪な奴」と言わんばかりに大きな声で九つ目を数えた。

彼女がお仕置きされている理由は、とても可愛らしいものだ。ここまでひどく赤くなるまで尻を腫らして、目には涙を浮かべさせてまで反省を促すほどではない。
ただ彼らの約束事では、彼女が悪いことをしたら彼が尻を叩く。いわゆる躾でのお仕置きが存在する。そんなちょっと普通と違う関係である中、彼らは恋人としてお付き合いを続けている。

「っじゅうぅ!」

最後の一打だったのか、彼女は大きな吐息とともに、はっきりと10を数えた。はぁはぁと肩で息をしているのが、目に見えてわかるが、彼女はまだ動こうとはしない。無惨にも赤く染まった尻を今すぐにでもさすりたいと女は思っていても、まだそんな勝手な行動は許されないらしい。

「コーナー。そこに立って」

男はソファの隣の壁際を指差す。
コーナータイムを言い渡された彼女は、彼の指示通りにソファの脇に壁に向かって立つ。
コーナータイムとは、文字通り部屋の隅や壁際で過ごす時間のこと。この指示を受けたときは、尻をさすったり余計な動きをするのすら許されず、ただ立って反省をするしかできないので、精神的にかなりつらい時間だと言える。

「なんで今日はお仕置きになったの?」

壁しか見えない彼女の後ろをゆっくりと歩いている彼の気配だけを感じる。
「そんなのさっきから何回も言ってる……」と心の中で思いながらも、反抗してこれ以上お仕置きが増えるのだけは避けたいと、女はさも反省しているかのように真面目に答える。

「仕事……休んだ」

真面目に答えているつもりなのに、彼からのきつい平手がバシッと尻に叩き込まれる。

「ちゃんと言いなさい」

悪かったのは、お仕置きされた理由は女自身も馬鹿だなと、自分なりに反省はしている。
ここ1ヶ月近く彼の仕事が忙しくてなかなか会う時間がとれなかった。彼がたまたま時間が空いて休みになった本日、週のはじめの月曜日、業を煮やした彼女は思いつく理由を全部並べて、ワガママ言って困らせて、無理やり彼の休みに合わせて仕事をズル休みしたのだった。

それを聞かれたのに、まだ彼女は

「でも、仕方ないじゃん……反省はしてるけど」

こんな調子の言い訳が続いている。
コーナータイムだからか、彼の表情が見えない分、彼女の言い訳もヒートアップしてきた。
彼は足を止め、はぁとため息をひとつ。

「もう一回はじめからお仕置きやり直しだな」
「……はぇ?」

予想外の発言が聞こえたようで、彼女は目をまん丸くして彼の方を振り替える。
彼の表情はいつも以上に冷たく、見ているだけで怖くなるようなオーラが見えるような気がした。

「えぇ……反省してるって」
「そんな風にオレは躾けてるつもりはない」

涙ぐみながら彼女は彼の怒りを鎮めようとするが、何を言っても無駄であろう空気が部屋中に広がっている。

「悪いのは誰?」
「ワタシ」
「そう、キミだろ」

また、ベッドに腰掛けた彼の膝の上に腹ばいになるように指示され、大人しく従うほかなかった。
またイチからお仕置きなんて……すでに彼女の尻は平手で300近くは叩かれてるはずなのに。恐ろしくてこのあとのことは想像できなかった。

「お尻痛くて明日も仕事休む!座ってられない!!」

ビシバシ容赦ない平手が、真っ赤な尻をより赤く染めている間に、彼女が投げやりに叫ぶ。

「そんなことしたら、一週間は座るたび思い出すくらいお仕置きする」

ハハハっと軽快に笑う声と、容赦ない平手が尻を叩く音が部屋中に響き渡る。
お仕置きはまだまだ終わらなさそうである。