一応前後編で書いています。
語源は「悪婦破家」という四字熟語から来ています。
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日差しは強く目に入る太陽のサイズは自分が知っているものより数段大きく感じる。
ジリジリと熱い日差しは、海から流れる潮風と相まって常夏の気分を高揚させた。日本のような高い湿度はないので、汗なのか湿気なのかわからない服が湿っていく気持ちの悪さは一切ない。汗をかいたシャツも外に出れば潮風と日差しで一気に乾いてしまいそうだ。
こんなカップルで来るような開放的で非日常的な島に、なぜか男二人でまばゆい太陽の日差しの下、おしゃれなビーチベッドに寝転ると、雲が少しずつ流れていく様を見つめながら他愛のない会話を交わしている。
「あいつらいつ戻るって言ってたっけ?」
「さあ、起きたらいなかったし、メールでは夕方には帰るって言ってたけど」
180cmはこえているであろう長身で広い肩幅、短髪で目鼻立ちがしっかりとした男がビーチベッドから立ち上がり、長い両腕を天に向かって振り上げたかと思うと「うーん」と大きく伸びをする。
「なあタクミ、もうひと泳ぎするか」
その大男にタクミと呼ばれた男は、熱帯特有の眩しい日差しに目を細めながら、ビーチベッドに寝転がったままで「もういいだろ」と言い捨てる。
「機嫌悪すぎ。せっかくの新婚旅行なんだから、そんな怒んなって」
そう言われたところで、タクミは苦い顔をやめる気はない。
「ヤマトはあいつら、いま何してると思う?」
「さあ?買い物?とか?」
機嫌の悪いタクミをよそに、ケラケラと高笑いをする背丈の高い男の名前はヤマトという。
「はあ……」
つい大きく出たタクミのため息は、親友であるヤマトの耳にも届いだようで「とりあえずコテージ戻るか」と、怒っているタクミに手招きをしつつゆっくりと歩きだした。
──
海上に等間隔で並ぶ、いわゆる水上コテージに男二人。
ハネムーンなのにお互いのパートナーは不在。そんな馬鹿げたシチュエーションが予想外に訪れた二人の反応は真逆だった。タクミは苛立ちを抑えきれずひっきりなしに、体のどこかを動かしてストレスを発散させようとするも、原因が解消されるまでどうにもならないことなので、ただ耐えているようにみえる。そんなストレスを溜めているタクミに反してヤマトはなるようになるさと飄々と過ごしているようだ。
「タクミ、イライラしすぎだって。ちょっと出かけたくらいで、そんなにイラつくようなことか?」
「旅行に来る前に約束したんだよ、色々まわりたいけど俺にはついてきてほしくないとか言うから、それなら4人で行こうってな」
「なんで、アイリちゃんはタクミと出かけたがらないんだよ。すでに仲が悪いとか?」
「んなわけない」
「だよな」
タクミの妻であるアイリがタクミと出かけたくない理由はふたつあった。
ひとつはあれやこれやと見て回っていると、ついてきてくれるのは嬉しいが機嫌が顔に出るのがイヤだということ。
ふたつめは衝動買いをしそうなときは、何度も買っていいのか確認してくること。
その話を聞いて、ヤマトは「ほほう。なるほどね」と笑う。
「なんで笑うんだよ」
「タクミは家でも外でも口うるさいんだなと思って」
「そんな口うるさい?俺が?」
「高校とか大学のころ付き合ってたお前の元カノにも、何度か似たような相談されたことある」
「は?なんだよそれ」
「そして気が短い」
「うるせぇ」
この二人、ケンカをしているように見えるが、昔から軽口の叩ける仲の良い間柄なのである。
「ヤマトはカンナに怒ったりすんの?」
「うーん……ある」
ヤマトの妻であるカンナとは、大学で同じ学部の同じ学年で3人で過ごすことも多く、大学卒業を機に入籍はしたが、仕事が安定する今までは大きな散財は控えるようにしていた。結婚式も写真だけ撮って、今回の旅行もタクミとアイリから誘われなかったら、新婚旅行すらなかったかもしれない。
そんな堅実な夫婦の妻に何を怒ることがあるんだとタクミは疑問に思ったが、いつも簡単に口を開くヤマトがあまり話したくなさそうなオーラを出していたので、これ以上追求することはやめた。
バタバタ、ガタンっ
大きい音を鳴らしながら、リゾート地を楽しんでいるカラフルなワンピースを来た二人の奥様方がコテージに戻ってきたらしい。
「ただいまー」
アイリは持ち前の愛嬌のある声と、その物音は両手で抱えきれないほどの荷物を持って戻ってきたことを知らせる。
タクミはそんなアイリの顔も見ずに、ただ黙ってソファに座り左腕は肘掛けにかけ、頭を手でささえていた。
体のありとあらゆるところから、機嫌の悪さを醸し出しているタクミを見て、アイリはシュンとした表情を見せながら、一緒にいるカンナとヤマトの顔色ものぞいてみる。
なぜかヤマトも機嫌の悪そうな顔をしていたが、そのヤマトの顔を見ているカンナの顔もアイリと似た落ち込みせていて、楽しいはずの新婚旅行の水上コテージの一室は異様な空気が流れていた。
「ヤマト、カンナ、ごめん。俺コイツにお仕置きするから、お前らのコテージ戻ってもらってもいい?」
「ちょ、タっくん、なんで!」
「アイリは黙ってなさい」
「タクミ、あんまり厳しくアイリちゃんに言い過ぎるなよ、成田離婚になったら笑えない」
「じゃあまた後で夕食のとき電話する」
カンナは自分の手に持っている荷物をそのまま持ってタクミたちのコテージを出ようとしたら、さっとヤマトがその荷物を取り上げて持つ。
「ちょっと」
「持ってやるよ」
「いいってば」
そんなやりとりが見えたあと、バタンと小さい音がして入り口である玄関の扉が閉まったようだった。
「で」アイリの目を見つめてタクミは呟く。アイリはそんなタクミとは目を合わさないように、キョロキョロ周囲を見回している。
「アイリ、約束やぶったらどうするって言ったっけ?」
ソファに座ったままのタクミは、立ちすくむアイリに穏やかな声で話しかける。
「え」と間を置きながら、色々頭の中をめぐらせて考えをしぼるアイリにタクミは追い打ちをかける。
「答えないなら数、増やそうか」
その追い打ちは、アイリにとってとても重みのある言葉だったので、少し時間がかかったが答えを出すことができた。
「……お仕置き?」
「そう」
うんとタクミはひとつ頷く。
そんなタクミを見てアイリはとっさに驚いた表情を見せて「今?」と聞く。はぁ?と言わんばかりの顔をして「当たり前だろ」と答えるタクミ。
タクミの言葉を聞いたアイリは、我慢できずその場で地団駄を踏む。
「やだぁ……せっかくの新婚旅行なのに」
「……」
「日本に戻ってからにしようよ。今はやだ!」
「……」
ごねて文句を投げ捨てるばかりのアイリに業を煮やしたのか、タクミは立ち上がりアイリに近づく。タクミに近づかれてアイリはとっさに後ずさりするが、すぐ後ろには壁がありこれ以上逃げられそうもない。タクミはアイリの左手首をぐっと握り、思いっきり自分の左のほうへ一気に引き寄せる。アイリはその勢いに勝てず、引き寄せられるとそのままタクミの左腕を腰にまわされ、思いっきり手を振り下ろされた。パンッと少しくもった破裂音がなると、アイリは「やだぁ!」と声をあげる。タクミとアイリの中でお仕置きと言えば、お尻を叩くことなのである。
「やだやだやだ!」
アイリは足をばたつかせ必死に逃げようとする。アイリの腰を左腕でがっちりとホールドしているタクミの手際の良さをみると、普段からどんなやりとりをしているのか容易に想像できる。
「俺は約束をやぶるほうがいやだな」
「痛いもん」
タクミから顔が見えない体勢をいいことに、アイリはペロっとしたを出す。そんなふざけたアイリの姿など見えてもいないはずだが、タクミはわかっているかのように腰に抱いたアイリをそのまま抱き上げた。
「え、ちょっとぉ!」
いわゆるお姫様抱っこ状態になったアイリは少し恥ずかしくなり、足をバタバタ動かしてタクミの肩をポカポカと叩いた。
「いい子にしてろよ」
ムスッとした表情のまま、タクミはアイリを抱き上げてソファのほうに移動し、ゆっくりと優しく下におろす。床におろされた途端、アイリは頬をぷくっと膨らませ「アイリいい子だし」と強く言い返した。
「約束やぶって勝手に出かけたアイリが?いい子?」
「へぇ」と言わんばかりの表情を見せながら、三人がけくらいのサイズだろうか、日本のリビングにあったらきっと存在感がありすぎる。そんなサイズのソファに腰掛けタクミは彼自身の膝をぽんぽんと2回叩いた。
これはいつもの合図。
お膝に来なさい。
アイリはタクミにそう何度も嫌になるくらい、その合図でお仕置きを受けてきた。いくら逃げても、言い返しても、なにをどうしてもお仕置きはお仕置き。その状況が一転することは今まで一度もなかった。
ぽんぽん
二度目の膝を叩く仕草をみせるタクミ。これはもう逃げられまいとアイリは観念し、一歩ずつ足を前に出す。ソファに腰掛けたタクミの膝の上にゆっくりと腹ばいになる。
「自分でお膝に乗れるなんて久々だな」
珍しく従順なアイリを目の前にして、タクミは思わず口を開いたが決してイヤミで言ったわけでなく、驚き半分嬉しさ半分の感情を抱いていた。
「うるさぁい!」
叱られているのに、突然褒められるような言われ方をすると恥ずかしくなってしまい、アイリは大きめの声でタクミの発言をかき消した。
「へぇ、そんなこと言える立場じゃないだろ?」
「だって」
「お仕置きなんだから大人しくしなって」
「やなんだもん」
「約束やぶったらアイリが悪い」
「そうだけど……」
バシンとまた曇った音が聞こえる。
ゆっくりと1発アイリのお尻にきっちりと平手が叩き落とされた。
「いたっ」とアイリは思わず声をあげるが、何を言っているんだとやれやれと言わんばかりの表情のタクミは「服の上からだと全然痛くないだろ」と言いながら、ワンピースのスカートを裾から思いっきりめくりあげた。
「ちょっと!やだって!!」
アイリは必死に抵抗するも、そのまま一気に下着までさげられてしまう。
「やあ!無理ぃ!!!やめてよ」
アイリの必死の抵抗はまだまだ続いている。
両手でお尻をかばおうと動こうとするが、タクミの左手はきっちり彼女の両手首を抑えつけ、お尻は彼の股の間に挟まれるような体勢に、アイリの気づかない間に一気にセットされていた。
バッシィンと皮膚と皮膚がぶつかり合う破裂音がしたかと思うと、アイリの金切り声とその打擲音が聞こえるだけの空間が広がっていた。
タクミは既に説教をする気はそんなになかった。嫌がるアイリにお仕置きをするのは、正直心が傷む。可愛い妻にそこまで痛い思いをさせて、お仕置きするなんてと思ってしまう考えは片隅には残っている。
だが、これからもずっと彼女と一緒に過ごしていくことを考えると、良いことと悪いことの判別をお互いにすり寄せてルールを作るべきだと考えている。もちろん自分たちが守れる範囲で、提案していって毎回話し合いとまではいかないが、それなりに話してふたりの生活を、より良いものにしていく。
「いったいぃぃ。ねぇ!!タクミ無理だよぉ……もうダメ……」
そんな可愛らしいアイリの嘆きの声は耳に入っているものの、まだまだタクミは許すつもりはなかった。
ふと頭をあげると今時計は16時半を指していた。
「ずっと叩くかどうかはアイリ次第だけど、今回のお仕置きは5時までね。いい子だったら早く終わるよ」
「え、あと30分もあるじゃん!無理!!!」
「無理かどうかは聞いてないから、反省しなさい」
結局そこからはバシンバシンと痛々しい音だけが部屋中に鳴り響く結果となった。
このあと18時からは4人で仲良く夕食を食べる予定でいるが、果たしてアイリは、座っていい子にご飯を楽しめるのか甚だ疑問ではある。
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次回はヤマトとカンナ編です。お楽しみにお待ち下さい。
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