2ntブログ

未分類

彼と彼女のパラフィリア◆08「彼女の大誤算」

痛むお尻を庇いながら、甲斐くんがお昼ごはんを買って戻るまでに部屋を片付けるのは、なかなか厳しいものだった。
100回叩かれたお尻は、赤く腫れていて下着を履くだけで、腫れたお尻と布がすれて、痛みで顔が歪んでしまう。

「お尻痛い……」

整理整頓が苦手な私は、綺麗好きな甲斐くんにいつか叱られるだろうなと、前から少し恐れていた。
そういえば、うちのパパも片付けることに対しては口うるさかったなぁ。本とか楽譜とか散らかしっぱなしにしていて、お尻ぺんぺんされたこともあったなぁ。
子どものころだから、甲斐くんのお仕置きほど痛くはなかったけどね。
それにしてもお尻痛い。私はため息をつくと、とりあえず見える範囲にある私物を一気にかき集め、自分のかばんにつめた。

「よし、とりあえずこれでいいや」

ある程度片付いたというか、自分の荷物をひとまとめにしたところで、甲斐くんが戻ってきた。

「おかえり〜」

私は玄関まで迎えに行って、甲斐くんに抱きついた。
不意打ちだったので、甲斐くんは買い物ぶくろを下げたまま、少しよろけながら笑顔を見せた。

「ただいま、ちゃんと片付けた?」
「それなりに……」

甲斐くんはリビングを一通りながめると、抱きついたままの私のお尻をバシッと叩いた。

「あっ、いったあ……」
「かばんに投げ込んだレポートとかは、あとでちゃんと整理しなよ」
「えっ、なんでわかったの!?」

雑にいろいろ投げ込んだ私のかばんを指さして、甲斐くんは笑う。

「色々はみでてるから」
「あっ!」
「あとで整理しろよ」
「はぁい」

甲斐くんはそんなに手厳しく注意する人じゃない。細々文句言ってくるような男だと、私とはやっていけないと思う。やるときはやるけど、やらないときはとことんのんびり。甲斐くんは、私のそんな性格を理解してくれているのか、気にしていないのか、彼氏彼女としても、カーとキーにしても、それなりにうまくやっていけていると思う。

「最近うちにあまり来ないけど、学校そんなに忙しいの?」

ギクッ。
貯金が底をつきそうだから、バイト増やしてることは内緒なので、あらかじめ自分で用意しておいた言い訳を並べる。

「今、履修終わらせるためにもすごい忙しくて、睡眠不足なんだ」
「ああ、教員免許?」
「パパが一応取っておけって言ってたし、音大の目標のひとつだから、忙しいけど頑張ってるよ」
「そっか、無理すんなよ」

甲斐くんの優しい言葉は、私の行動を後押ししてくれるような気がした。心配かけたくないし、自分ができるだけのことはやろう。大人として甲斐くんとお付き合いできることが、私にとって嬉しくもあり、年下の彼氏相手に何当たり前のこと考えてるんだろうと、自分の考えにくすぐったさもあった。


──


私の予定では、すべてが順調だった。
予定を立てた私が、抜けてる人間だったせいで、順調だったのは工程表だけで、合計の時間は足りない結果に終わっていた。

つまり、単位落とした。

もう今更どうしようもできないのに、私の頭の中はぐるぐる混乱しているだけだった。
卒業するには単位は足りているのだが、落とした単位は教員免許に必須の単位で、今更取り戻せるものでもなく……。
両親がなくなり、長く大学を休学してたせいで、年数に関してはぎりぎりだったので、再履修する時間もない。

ああ、どうしよう。

どうしようと思っても、どうにもできなくて、両親が遺してくれたお金を無駄にしてしまった気がして、私は自暴自棄になり、何も手がつかなくなっていた。

ご飯食べるのも、寝るのも、面倒だな。

ご飯食べるのもお金かかるし、この家に住むのもお金がかかる。

働こうかな、学校やめて。

マイナス思考が連鎖して、私の頭を浸食してくる。


ピンポーン


ぼーっと何もしていない私しかいない家のインターホンが鳴った。
どうせセールスマンかなにかだろう。私に用事がある人が、家に訪れることないだろう、と思い居留守を使った。


ピンポーン

ドンドンドン


今度はインターホンのあとにドアを叩く音が聞こえる。

強引な押し売りなのだろうか、私はいないから早く次の家に行ってくれないかなぁ。


ピンポーン

「おい、響?いるんだろ?」

ドンドン

「響?」
「ん……甲斐くん?」

そんなわけないだろう、夢なんじゃないかと思いながら、枕元に置いていたスマホを手に取ると、甲斐くんからの着信が並んでいた。
夢じゃない……。
そう確信したとき、まず一番はじめに気になったのは、この部屋の散らかりようだ。

「あっあっ、どうしたら……」

ドンドン

「響、いるなら出てきてくれないか?」

玄関のドアの先からは、甲斐くんの声がする。
私はとりあえず、手近にあったカーディガンをはおり、玄関のドアをゆっくりと開けた。

「……甲斐くん?」
「響っ!」

私がそっとドアを開けた途端、甲斐くんは少ししか開いていないドアを左手で強く引き、その勢いで私は外に倒れ込みそうになった。私の体を片手で受け止めると、その流れで強く抱きしめた。

「甲斐くん?どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ!何日も連絡無視するなよ、心配しただろ」

甲斐くんの勢いに思わず圧倒され、玄関先でこんなやりとりを誰かに見られるのも迷惑かと思い、部屋の中に入ってもらおうかとも思ったけど、あの散らかり具合を見せるわけにはいかないと、頭を一生懸命回した。

「ここで話すのは恥ずかしい……」
「車で来てるから、俺ん家来るか?どうせ部屋散らかってるんだろ」
「……甲斐くん家行く」

甲斐くんをドアの前で待たせると、私は大急ぎでお泊りセットをまとめて家からでた。
すっぴんや髪がぼさぼさなのは、気にしても仕方がないので、甲斐くんの家に着いてからにしよう。彼氏にこんな格好のまま連れられて、情けなくも感じているが、私のことを心配してくれて迎えに来てくれたことには嬉しく思っていた。

甲斐くんの家は、相変わらずきれいに片付いていた。
学業と仕事に忙しいのに、こんなにきれいに片付けられるのはなぜなんだろう。私には真似できないなぁ。尊敬する。

「ちゃんとメシ食ってないだろ?」
「……多分食べてない」
「多分ってなんだよ、自分のことだろうが」

甲斐くんは、あやふやにしか答えられない私の返事に、優しい笑顔をみせてつつ、キッチンに入っていった。
リビングにひとり残された私には、いやでも部屋の中で一番存在感のあるグランドピアノが目に入ってしまう。

ピアノかぁ。
好きなのか、意地なのか、最近よくわからなくなってる。

ゆっくりとピアノを撫でてみる。
なめらかな触り心地は、掃除の行き届いてる甲斐くんの家にあるピアノだな、と触るだけでわかってしまいそう。

このピアノなら弾きたい。
私のためだけのピアノ。

椅子を引き出し腰掛けると、ゆっくりとふたをあけた。
鍵盤に触れた指先の感覚は、久しぶりでなんだか懐かしくも嬉しい気持ちになった。

ポーン

なんとなく鳴らしてみる。
柔らかい音が部屋に響いた、

「うどん作ったから食べて」

背中から甲斐くんの声がした。
振り向くと、どんぶりを持った甲斐くんの姿が見える。
その優しさに私は涙がこぼれそうになったが、ぐっと我慢した。
不安定なところをそんなに見せたくはない。

「……ありがとう。食べる」

うどんを口にすると、胃に負担をかけないようにやわらかく煮込まれていることがわかる。こんな気遣いまでされると、ひとりで悩んでいたことが申し訳なく思えてしまう。
甲斐くんは目の前のソファに腰掛けているが、私はちょっと気まずくて目を合わせることはできない。

「なにがあったんだよ」

こんな気を遣わせて、心配までかけて、私ひとりで頑張っていただけではないのだと、認識することができた今、ゆっくりうどんを食べながら、金欠でバイトを増やしていたこと、睡眠時間やバイトで単位ギリギリの予定を立てていたこと、その計算が間違っていて単位を落としたことをポツポツと話し始めた。

「そうか……」

ふたりの間に沈黙落ちた。
恐る恐る顔をあげて、甲斐くんの顔を見てみた。甲斐くんは少し下を向き、何か考えているような表情をしていた。
うどんをすするのもためらうような沈黙に、私は箸を止めていた。

「……響」
「……はい」
「俺、こういうときって、どうしたらいいのかわかんないんだよね」
「えっ?」
「なんつーか。わざとミスしたわけじゃないのに、お尻叩くのもなーって。俺に嘘ついてたのはお仕置きだろとは思うけど、そこ以外はどうしたらいいのかわかんない」

そう話す甲斐くんの表情は、とても真剣に見えた。

「親もいないし、頼る相手もいなくて、ひとりで自分のこと追い込んでたんだと思う」
「そんなに俺、頼りない?」
「あ、いや、そうじゃなくって」
「お尻叩きすぎたのかなぁとか、でもスパンキングのパートナー募集してたくらいだし、叩いて叱ったほうがいいのかなとか、色々考えたりするんだ」
「まあ、お尻叩かれるのに不満とかないよ。痛いけど……」
「じゃあ今回のことは、どこを叱られたい?」
「うーん……」
「ほら、難しいだろ」

言われてみたら私は何がしたかったのか、自分でもはっきりわからない。ひとつ言えるのは、甲斐くんに迷惑をかけたくなかったってことくらい。
甲斐くんに叱られたくないから逃げてたわけじゃなく、自分の考えが足りなくってミスしたことを直視したくなかったのだと思う。

「この自己嫌悪、お尻叩かれたら、すっきりするかな……」
「100叩きで済まないけど、大丈夫?」

不安そうな私を横目に、甲斐くんはキラキラとした目で意地悪な表情を見せた。

「いや、全然大丈夫じゃない!」
「単位は仕方ないけど、卒業はできるんだろ?」
「うん、先生にはなれないけど」
「ならあとは俺を頼って欲しい」
「……わかった」

きりっとした表情で語りかけてくる甲斐くんの姿は、とても頼りがいを感じた。
私は頼れる彼氏に嬉しくなり、思わず立ち上がりソファに座る甲斐くんに抱きついた。
甲斐くんは抱きついた私を一度抱きしめてから、頭を軽く撫でた。

「よし、じゃあお仕置きするか」
「えっ今?」

どう考えても今は甘々いちゃいちゃタイムじゃん!
甲斐くんの表情は、ごねても覆らなさそうな固いムード出してるし、全然お尻叩かれる心の準備できてないし、と心の中で考えていると、足は床におろされ、軽々と腰をつかまれ、あっという間に甲斐くんの膝の上に腹ばいにさせられてしまった。

「今日は俺が許すまで終わらないから」
「えっ、ちょっと、待って」
「待たない」

バシッと勢いのついた一打目が、私のお尻を叩く。

「いたっ」
「服の上からなのに痛くないだろ、大袈裟だな」

発する声は軽かったが、落ちてくる手の勢いは強く、バシッバシッと止まる気配はまったくない。

「大袈裟じゃないしっ!心の準備もしてないのにぃ」
「へぇ……俺に嘘つく時点で、それなりの覚悟してると思ったんだけどな」

甲斐くんは、私のズボンと下着を一気にするりと下げてしまう。
私は甲斐くんの地雷を思いっきり踏んだようだ。

「ちょ……いや……やだ」
「響に拒否権あると思う?」

私のむき出しのお尻を軽くポンポンと叩きながら、甲斐くんは問いかけてきた。
こんな状態で、私が甲斐くんから逃げられるわけも拒否できるわけでもないじゃん。

「……ごめんなさい」
「謝罪はあとで聞く」
「……」
「少しでも俺に嘘つこうと思ったら、この痛みを思い出せるように痛くするから覚悟しろよ」
「そんな、覚悟なんて……」

私が言い返している途中で、甲斐くんの厳しいお仕置きは再開された。
甲斐くんの平手は、私の左右のお尻を交互に落とされる。
はじめの数発は我慢できる気がして、ぐっとこらえていたけど、回数が重なるうちにお尻の痛みは増してくる。
等間隔で落とされる平手は終わりが見えなくて、ただただ痛みが積み重なるので、この後のお仕置きが続くかと思うと絶望感に襲われてしまう。

「あん、痛いよ……ごめん……ごめんなさいっ」

度重なる痛みに耐えきれず、足をばたつかせてしまう。

「行儀が悪い」

甲斐くんは冷淡な声でつぶやき、そんな私を咎めるかのように、平手は先ほどより強くなり、痛みの強く感じるお尻とふとももの間を狙って連打してきた。

「いたいぃ!」

甲斐くんの力ずくの注意は、私のお尻には我慢できるものではなく、より足をばたつかせ挙句の果てには、お尻を手でかばってしまった。
はっとして慌てて手を戻そうとした束の間、お尻をかばっていた手はあっという間につかまれ、背中に抑え込まれる形になった。

「ねぇ、俺結構怒ってるんだけど」

甲斐くんは手を止めて、赤くなり始めたお尻をゆっくりと撫でた。
恐ろしく冷たい言葉に、私は呼吸が乱れ涙声で返す。

「わかってる」
「ほう。じゃあこの行儀の悪さは、もっともっと叱られたいってことか」
「いや、違うよ。そんなわけないじゃん」
「現時点で十分厳しいお仕置きになるんだから、大人しくしててくれ。これ以上、俺を感情的にさせんな」
「はい、ごめんなさい」

背中につかまれた手を離すと、甲斐くんは私の腰を軽く持ち上げると、足を組んで体勢を整えた。足を組まれたせいで、体勢を保つために両手は床につけなければならないし、お尻は突き出すようになりとても厳しい体勢になってしまった。

「反省してるなら、いい子でお仕置き受けてね」
「はい」

彼氏の膝の上に乗せられて、お尻をむき出しにされて叩かれている最中のこんな状況で、私は「はい」しか言えるわけがない。
厳しい彼氏のお尻叩きはゆっくりと再開された。
一打一打、さっきより強めの平手が私のお尻を赤く染めていく。
広い部屋でただただお尻を叩く音だけが響いている。
軽く50発は叩かれたのだろうか、お尻の表面はピリピリしはじめ、きっとお尻は赤くなっていると思う。
この連打を止めたいけど、またお尻をかばっても甲斐くんを怒らせるだけなので、我慢しようとしているけど、何かにすがりたくなり甲斐くんのズボンの裾をぎゅっと握りしめて耐えていた。

「あぁ……痛いっ……痛いよぉ」
「お仕置きは、痛いもんだろ」

そう言って甲斐くんは、容赦なくきつい平手をお尻に叩きこんでくる。

「ごめんなさいぃ……もうしないから……痛いぃ」
「嘘ついて、お仕置きされるの何回目?」
「……」

きついお尻叩きが続いているのに、何回目だと聞かれてもすぐに思い出せるわけもなく。

「わかんないよね。俺も思い出せないわ」

と言うと同時に、平手がバチンバチンと一層厳しくなる。

「ああっ!」

私は甲斐くんの厳しいお仕置きに、ただ泣いて我慢するしかできなかった。


回数も重なり、さわらなくても自分のお尻が腫れてきたのがなんとなくわかった。
甲斐くんの平手は弱まることはなく、私は床を見つめ厳しいお尻叩きをじっと耐えている。
涙がぽたぽたこぼれて、床を濡らしているのを気にもかけずに、真っ赤に腫れたお尻を叩き続けるのは、きっとかなりの気力と体力がいると思う。甲斐くんにそこまでさせてしまった自分の落ち度に、反省はしているものの、ここまで厳しくしなくても……という気持ちはぬぐえなかった。

叩く手が止まり、ゆっくりと甲斐くんの膝からおろされた。
ずっと我慢していた痛みから解放された私は、真っ赤になったお尻を両手でさすりながら、その場にしゃがみこんでしまう。
手だけなのにこんなに痛いなんて信じられない。
自分で確認するのは難しいが、なんとか首を曲げて確認してみると、お尻はかなり赤くさすった手では熱を感じた。
私が自分のお尻を気にしているのを横目に、甲斐くんはソファを立ちどこかへ行っていたらしく、寝室から戻ってくるのが見えた。
その足でまた同じ場所に腰掛けると、硬い表情のまま甲斐くんは自分の膝をぽんぽんと叩いた。
膝に乗ってお仕置きする合図なのはわかっているものの、さっきから一言も発していない甲斐くんの怖いオーラに、足がすくんで動けずにいた。

「……終わりじゃないの?」
「俺、終わりだなんて一言も言ってないだろ」
「もうお尻真っ赤だよ……無理」
「無理かどうかは俺が決めるから、早くおいで」

厳しい目つきで私を見ると、再度甲斐くんは膝を叩いた。
こんなにお尻が腫れているのに許してくれないのか。
ズボンと下着が足にひっかかったままで、真っ赤に腫れたお尻が丸出しという恥ずかしい格好をしたまま、重い足取りでソファに近づき、ゆっくりと甲斐くんの膝の上に乗った。

「学校も休みだし、ちょっと長い間お尻が痛くても仕方ないよな」
「今もすごく痛いよ」
「うん、痛くなるように強く叩いたからね」

少しでもさわるとジリジリ痛むお尻をなでながら、甲斐くんは話すので、私はひやひやしながらいつ落ちてくるのかわからない状況を耐えていた。

「なんでお仕置きされてるかわかる?」
「……嘘ついてたこと」
「そうだね」
「あと心配かけたと思う」
「心配したよ、本当。俺たち付き合ってるんだろ?」
「うん」
「ならお互い頼ろうよ」
「ごめん」

お仕置きが始まってからの甲斐くんの声色はとても堅く冷たかったが、今のやりとりではいつもの優しい声色に戻っていた。
その声に少し安心した。

「じゃあちゃんと反省したみたいだし、仕上げにブラシで30回叩く」
「えっなに?ブラシ?」

ブラシという言葉に、私は思わず体勢をずらして甲斐くんの顔を見ようとした。少し動いたのを察知したのか、甲斐くんは左手で私の背中をぐいっと押さえ込み、パンパンパンと赤く腫れたお尻に強めの平手が落ちてきた。

「行儀が悪いってさっき注意したばかりだろ」
「ごめんなさい。でもブラシって……」
「スパンキングのパートナーを募集してたんだから、ブラシっていえばコレ。わかるだろ?」

背面が木でできた大きなヘアブラシを私の顔の前に持ってきて、じっくりと見せてくれた。

「わかるけど……」
「道具は初めてだよな。俺もだけど。だから様子見ながら叩くけど、まあ痛いと思うよ」
「……手がいい」
「だめ」
「やだ」
「反省してないの?初めからやり直してもいいけど」
「……反省してます」
「じゃあ30、きっちりカウントすること」
「……」

バシッときっつい平手がお尻に打ち込まれた。

「返事は?」
「はい…」
「よろしい」

甲斐くんがそう言うと、お尻にひやっとする平らなものが当てられてドキっとした。
そんなつかの間、ビシィッとした音と同時に体験したことのない痛みがお尻に走った。

「はい、1回」
「ひっ……いちぃ」
「2回」
「いたっ!にぃ」
「3回」
「さんん!」

淡々とカウントを数える甲斐くんと比べて、私のカウントは数を言えているのか微妙なくらい情けない声だった。ブラシの痛みは、平手と比べようのないくらい痛烈で、すでに真っ赤に腫れたお尻には相当つらい。

「11」
「んんじゅういちっ」
「12」
「じゅうにぃ」

平手よりゆっくり落ちてくるブラシは、来ると思ってぐっと我慢しても、体が痛みに耐えきれず動き回りそうになる。
手でお尻をかばうのはなんとか我慢していたけど、何度か足をバタバタ動かしてしまったので、甲斐くんの叩く手が止まった。

「ねぇ、さっきから動いてるんだけど」
「ごめんなさいぃ……追加は許して」
「ちゃんと我慢しなよ」
「うん」

こんなに痛いの追加されたら無理。と思って我慢していたので、注意で済んだのは嬉しいものの、まだ半分以上も回数は残っているのだ。今手を止めてくれたのは、休憩にはなったけど結局このあと痛くなるのなら、この休憩も私にとってつらくなるスパイスにしかならない。
甲斐くんはぐいっと私の腰を引き寄せ、体勢を整えると痛い痛いブラシのお仕置きは再開されてしまった。

「27」
「ひぃっにじゅうななぁっ!」
「28」
「にじゅうはちぃ」
「29」
「にじゅうきゅうぅ」
「ラスト」

パシィィッと一番最後とっても痛いのが落ちてきた。

「いったあああ!」
「響、カウントは?」
「……さんじゅう」
「はい、おしまい」
「ふぇ……痛かったよぉ」

甲斐くんの膝から転がり落ちるように床に倒れ込み、土下座のような格好のまま両手でゆっくりお尻をさすった。そんな無様な格好をしている私の隣にしゃがみこみ、甲斐くんは優しく頭をなでてくれた。

「今日から家に一緒に住もう」
「……へっ?」

予想外の言葉に、私はびっくりして甲斐くんの顔を見つめた。
泣きじゃくったあとなので、まだ私の頬に残っていた涙をぬぐいながら、甲斐くんは優しく口づけをする。
涙も鼻水も多分よだれとかも出まくったあとの自分とキスするなんて、なんかもう恥ずかしくてたまらないのに、甲斐くんの口づけは濃厚で頭が真っ白になった。

「学費は残してるんだろ?」
「うん」
「じゃあ家に住んで、家事してくれれば生活費も出すよ」
「か、家事か……」
「得意じゃなさそう」

甲斐くんはクスクスっと鼻で笑った。
私はムッとしながら

「そりゃ、得意じゃないけど。やれるもん」
「オッケー。俺が監督するから大丈夫だろ」
「監督!?」
「ちゃんと出来てなかったら、お尻ぺんぺんだから頑張って」

ハハハと高笑いしながら、甲斐くんは立ち上がると両腕を上げ軽く伸びをした。

「あー仕事も忙しいのになぁ。彼女の躾もしないといけなくて、俺大変だなぁ」

甲斐くんはちらっと後ろを向いて、私の方を見ると意地悪そうな笑顔を見せつけた。

「ちょ……」
「いつまで真っ赤な尻出してんの?お仕置き足りなかった?」
「痛いんだもん……」
「俺を怒らせたら痛いってこと知らなかった?」
「知ってる」
「じゃあいい子にしとけよ」
「はぁい」
「よし、今から荷物運び出すか!」
「あ、いや、無理、全然片付いてないから!!!!」
「引っ越し終わったらお仕置きするから平気だよ平気」
「全然平気じゃないよぉ」
「嘘だよ。明後日、一日あけとくから、俺に見られてもいいように片付けしとくこと」

またハハハと高笑いしながら、甲斐くんはいつものパソコンの前に座った。

明後日?
こんなお尻真っ赤になっているから、絶対数日は痛いのに片付けをしなきゃいけない……。
一緒に住めるのは嬉しいけど、お尻痛いまま引っ越しはつらくなるよ。
はぁ。

小夜時雨◆04「初志貫徹」

昨日のお仕置きを引きずっている花蓮は、当たり前ながら朝から気分は落ち込んでいる。
しかも関東の梅雨入り宣言が発表され、空も花蓮の表情と同じくどんよりと重かった。

郁人と昨日交わした約束が、今日の授業の開始時間は朝の九時からだった。
たった二軒隣の家に行くのに、こんなに勇気とエネルギーが必要なのかと思うほど、気分が乗らない花蓮はせめて愚痴を話したいと摩耶にLINEを送った。

『おはよ。愚痴があるから聞いてほしい!夕方くらいから会えない?』

夕方、摩耶と会ったところで、昨日のお仕置きの続きがあるから、お尻の痛みに耐えながら愚痴るという苦行になるのだが、それでも花蓮はストレスを発散させたくて仕方なかった。

ピンポーン

重々しい気持ちで五條家のインターホンを鳴らしたが、花蓮の気持ちとは裏腹に、郁人が爽やかな笑顔で迎え入れてくれた。
郁人の部屋に入ると、いつものソファの上に柔らかいクッションが置かれており、郁人の妙な優しさを感じてしまい花蓮は苦笑いを浮かべた。

「とりあえず午前中は、このプリントやってみて。一年生の時点でわかってなさそうな気がするから、テストして確認したい」

用意されていたプリントは十枚ほどあるのか、数学が苦手な花蓮には気の遠くなる量に感じる。
花蓮の嫌そうな表情を見て、郁人はにこやかに笑みをこぼす。

「わからなくても大丈夫だから、何がわからないのか嘘つき花蓮ちゃんに聞くより俺がチェックしたほうが早いし」
「…昨日嘘ついたことは反省してるから、そんな意地悪言わないで」
「はいはい。俺は午前中に資料まとめておきたいから、とりあえず頑張って!あ、お尻痛いかと思って、クッション用意しておいたよ」
「助かります…」

お仕置きが始まってからの郁人は、優しかった部分より意地悪な部分が見えてきた気がする。
だからと言って、花蓮が持つ郁人への好意的な気持ちがなくなったわけではない。むしろ細やかな優しさが際立って感じられるようになってきた気がする。
フィルターがかかって現実を曲げて見えてしまう、つまり恋心が燃えているのだ。

「…はあ…わかんない」

「…えっと…えー…わかんない」

プリントを始めてから二時間が経過した。
花蓮は問題わからないと独り言が出てしまうらしく、わからないわからないと連呼していた。
耐えきれなくなった郁人が声を出して笑い始めた。

「だから、わかんなかったら飛ばしていいんだって。真剣に取り組んでるんだとは思うけど、すっごい気が散る」
「あ、ごめんなさい。集中してたけど全然わからなくて…黙るね」
「集中して小難しい顔してるのもツボっちゃって、俺こそごめんな。邪魔してさ」

郁人があまりに笑うので、花蓮もつられて笑いはじめてしまった。

「プリントどこまで進んだ?」
「わからないとこ飛ばしたから、だいたい終わったよ〜」

花蓮は苦虫を潰したような表情で答えた。
数学は頭を使うし、ましてや郁人の部屋で過ごしているというプレッシャーもあって、なんだか疲れてしまっていた。

「ちょっと早いけどメシ食いに行くか。今日は朝から遅刻もしてこなかったしいい子だから、おごってやるよ」
「やったー!」
「このあとまだお仕置きも残ってるしね、体力つけないと」
「……」

『お仕置き』という単語で、郁人とご飯食べられるという嬉しさからテンションを思いっきり落とされた花蓮であった。
お尻が痛いことは座ってる限り忘れられないのだが、それでも郁人と過ごす時間は楽しかった。
好きな食べ物や嫌いな食べ物。幼い頃から連れ回して遊んでもらっていたはずなのに、まだまだ花蓮が知らない郁人の側面を知ることができた。

ランチから郁人の部屋に戻ると、楽しく盛り上がったままの空気で授業は進んでいった。
郁人は教えるのが上手いので、彼から教えられた箇所は苦手意識が不思議となくなるのだ。
教えてもらっている間は本当に楽しくて、花蓮は目をキラキラさせながら郁人の話を聞き入れ、自ら疑問に感じたことを質問したりしていた。

あっという間に時計の針は午後三時を指していた。

「さて、授業はここまでにして、昨日のお仕置きの続きやるか」
「…ほんとに、まだお仕置きやるの?」
「当たり前だろ」
「…はぁ」

郁人の口から出たお仕置き宣言は、花蓮に大きなため息をつかせていた。

「ため息をつきたいのはこっちのほうだ。ただでさえ教育実習でめちゃくちゃ忙しいっていうのに、こんな頻度でお仕置きしてたら、俺の体力がいくらあっても足りないだろ。だから今回は本当に厳しくするよ」
「…ごめんなさい」
「謝るなら悪い事するなよ」
「はい、ごもっともです…」
「じゃあ下着おろして膝の上に来なさい」

郁人は昨日と同じくベッドに腰をおろし、自分の膝を軽く叩いて花蓮に合図を出した。
今更どう反抗しても、自分のお尻にすべて返ってくることを花蓮は理解しているので、今日は大人しく郁人のところまで行き、ワンピースの裾を持ち上げ自ら下着を膝までさげ、郁人の膝の上にはらばいになった。
昨日のお仕置きの痕が少し赤くなって残っているのが見てわかる。
郁人は花蓮のお尻をゆっくりと撫でる。触られるだけで痛みがあるのか、花蓮はお尻を左右に小さく揺らしている。

「昨日のお仕置きの痕がまだ残ってるな」
「まだすごく痛いもん…」
「でも仕方ないよな。お仕置ききちんと受けて反省しなさい」
「…ふぇ…はい」

叩かれる前だと言うのに、花蓮の目から涙が溢れてきた。

「じゃあ始めるぞ」

郁人のお仕置き宣言を聞くと、花蓮は体中のが一気に緊張して固くなってしまった。
ゆっくり着実に花蓮のお尻に痛みを与えてるいくのだ、その緊張は長く続くことはない。

昨日は怒りに任せて勢いをつけて連打していたこともあり、郁人の手も少し痛みが残っていた。
だからといって手を緩めることはしたくないし、今回はきちんと躾けておかなければと、心を鬼にして覚悟をきめているので、一打一打平手を花蓮のお尻に打ち込むように叩いている。

「ぅう…はぁ…っん…あっ…」

バシッバシッとお尻に平手が落ちていく音と、花蓮の涙混じりのうめき声だけが部屋中に響いている。
花蓮からは郁人の顔は見えないが、腰を抑えている左手からはかすかな暖かみを感じていた。
昨日は郁人も感情的になっていて、腰を抑えられていた手はとても強かったが、今日は怒っているというより叱っているので、行動のひとつひとつに花蓮への配慮が見える。

配慮が見えるとは言っても、叩かれている花蓮からすれば痛いものは痛い。

「…った…っ痛いよ…反省してるからぁ…もう許して…」
「今後、俺に嘘つこうと思わなくなるまで許すつもりないから」

強めの平手で花蓮のお尻の真ん中あたりを連打する。

「っあん!…ほんとにっ…反省…してますぅ…ヒック…ヒック」
「泣いてろ」

郁人は泣いてる花蓮を気にすることもなく、お尻の真ん中を狙って連続的に叩き続けている。
連続で同じところを叩かれるのは、本当に我慢できないくらい痛い。花蓮はなるべく動かないように我慢していたが、ついお尻を動かしてしまったら、こらえきれず床に着いていた両足も軽く地団駄を踏み始めてしまう。
動いたことを咎めるように、郁人の叩く手がかなり強くなっていった。

「反省したってのも嘘か?」
「ちがっ…反省してますっ!…同じとこ…痛くて…」

郁人の手が止った。

「もしかして、嘘ついたり、反抗的な態度とったり、俺に構ってほしくてわざとやってる?」
「そんなぁ郁人くんのこと好きだし、一緒にいたいけど…お仕置きは嫌だもん」

膝の上でお尻を叩かれ真っ赤に腫らしている状態で、またもや告白してしまった花蓮に、郁人はたまらず笑顔をこぼしてしまった。

「そうか。こんな厳しくお仕置きしてるのに、俺のこと好きなのね。ありがとう」

花蓮の一途な思いを汲み取り、郁人は優しく頭を撫でてやる。皮肉にもさっきまで花蓮のお尻を腫らしていた手なのに、頭を撫でられるとこんなにも優しいとは、罪深き右手である。

「でもまだ彼女じゃなくてよかったな。彼女に昨日みたいなことされたら、こんなレベルで済まされないよ」

と、自然な笑いを浮かべながら語る郁人を見て、花蓮は郁人の恐ろしさを再確認していながら

『まだ』彼女じゃなくてよかった…?

と、同時にその言葉だけで、期待を抱くことができた。
などと花蓮が邪なことを考えてにやけていると、膝から抱き起こされたので、慌てて表情を隠すようにわざとらしい泣き顔を作った。

「お仕置きまだ終わってないのに、なに笑ってるの?」
「あ、いや、笑ってなんかないよ…いや笑ってました。ごめんなさい」

今どう取り繕っても郁人には、すべて見透かされているような気がして、ごまかすことも嘘だと言われたらお仕置きまだ増やされそうだし、と花蓮は必死に考えた結果、素直に話すしか選択肢が残されていなかった。

「お仕置きが効いてるんだな。素直に言えたね。じゃあそっちの机に両手をついて、仕上げをしよう」

郁人は自分の机を指さすと、ソファの脇の棚に置いてあるブラシを手にとり、花蓮が動くのを待っていた。

「早く準備しろよ。数増やすぞ」

自分のお尻をゆっくりさすりながら、花蓮は机のほうに歩み寄り、机に両手をついた。

「もっとお尻を突き出す」

花蓮の上半身を机に預けるように低くさせると、自ずとお尻を突き出してしまう状態になってしまった。

「…恥ずかしいよぉ」
「高校生にもなってお尻を叩かれて躾けられてるほうが恥ずかしい」

郁人の平手が花蓮のお尻に勢いよく落ちてきた。

「ブラシで二十回叩くから、数をきちんとかぞえて動かないこと」
「…はい」
「じゃあいくよ」

バシッバシッともう赤くなってないところがない、花蓮のお尻に容赦なくブラシが落ちてくる。
逃げたいし動きたいけど、今日の郁人は絶対に許してくれないであろうと空気で感じ取っていたので、ただ叩かれる回数を間違えずに数えて我慢するしかなった。

「…ぁあ!じゅうななっ!…じゅうはちいぃっ」

痛くて恥ずかしくて、花蓮の頬にはいくつもの涙の筋が見えていた。

「じゅうきゅうぅ…っにじゅう!」

郁人の初志を貫き通した厳しいお仕置きは終わった。
ふうと大きなため息をつきながら、郁人はベッドに寝っ転がる。

「お尻しまっていいよ。痛くてパンツはけないかもしれないけど」

くくっと笑いながらからかう郁人は、お仕置きをしているときの厳しさはなく、やんちゃな男の子のような表情になっていた。

「私もベッドで少し横になってもいい?」
「いいよ。おいで」

決してやましい気持ちがあって隣で横になりたいと言っているわけではなく、こんなに真っ赤に腫れ上がり、ところどころ薄く痣になるくらいお尻を叩かれていて、本当に下着をはくのが怖くて、少し休憩させてもらいたいだけなのだ!
と、都合のいいことを頭で並べて言い訳にしながら、郁人のベッドに花蓮も寝転がる。
もちろん仰向けにはなれないので、うつ伏せ状態である。

「次嘘ついたら、ブラシで百叩きな。俺の手がもたない」

見せられた郁人の右の手の平は真っ赤に腫れてとても熱くなっていた。

「昨日は本当にごめんなさい。良い子になる」
「良い子じゃなかったら嘘つきだってことで百叩きしてほしいってこと?」
「ちがうもん。意地悪言わないでよ」
「結局、花蓮ちゃんが悪い子のときは俺がきっちりお仕置きするから」
「はぁ…」
「伊織にお仕置きされるほうがいい?」
「お兄ちゃんはマジ鬼だから…郁人くんがいい」
「ってそのまま伊織に伝えておくわ」
「あ、ウソウソ、いや嘘じゃないけど、あーもう郁人くんにはちゃんとなんでも話すから、それは許して」
「どーしようかなぁ」

花蓮と郁人の距離は少しずつ近づいてきている。
それより急接近している二人が身近にいるのだが、それはまた別のお話で。