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彼と彼女のパラフィリア

彼と彼女のパラフィリア◆10「彼と彼女のお買い物」

響が彼氏である甲斐の家に住みはじめて、どれくらいになるだろう。それなりに荷物は持ってきたが、女性の持ち物としてはあまり量は多くはない。彼女が使わせてもらっている部屋は余っているとは言え、多分8畳ほどあるのではないかという広さで、なんといっても大きなクローゼットが魅力だった。持ってきた荷物を収納しただけで3割埋まったかどうかで、荷物がいっぱいになることがなさそうだね、と引っ越した当初は二人でそんな話をしていた。
自分の収入ではないが、少しお金の使える状況になると、つい出てしまう乙女心。
可愛くいたい。綺麗でいたい。
彼女のそんな気持ちが洋服や化粧品、カバンや靴などを買い揃え、気づけばクローゼットがほぼ埋まるほどになっていた。
そんな光景をみた彼は、腕を組み少し悩んだ様子で眉をひそめながら言う。

「さすがにこの買い物はやりすぎ。これから買い物するときは一緒のときだけにしよう」
「えー、別に高くないんだよ?」

彼女が買っている洋服は数千円のものばかりで、自分の収入でほとんどを賄っているから、そこまで文句を言われる筋合いはないのかもしれない。
ただ、彼も彼女もとある特殊な性癖から出会ったので、こういう状況で「お約束」をするのはひとつのアクションのスタートだとお互いに感じている。

「とにかく食料品以外の買い物は、俺と一緒のときだけにしろよ」
「はぁい」

響は不本意そうな表情を見せながら、しぶしぶ了承する。そんな彼女の顔を見て、甲斐はにっこりと優しく微笑みかけた。

「買いたいものがあるなら一旦持ち帰って俺に相談しろよ」
「うん」
「約束な」
「……っ、うん」

「約束」といえことばに、響の瞳は少し陰りを見せたが、すでに笑みを浮かべている甲斐に合わせて微笑み返した。

「響、わかってる?約束だからね」
「あー、うん。大丈夫」

響は指でOKサインを出し、引きつったような作り笑いを見せたので、甲斐は思わずその真偽を確かめるためか、響の顎を人差し指ですくいあげると、ぐっと視線を無理やり合わせた。

「本当に?」

甲斐の行動に対して、気もそぞろになっていた響は慌てて真面目モードにスイッチを切り替え

「ほんと、ほんと」

と軽めだが真剣に答えることとなった。


──

もちろん、そんなやりとりは不毛であって、少しくらいならいいかな。ほんのちょっとだけ買おうかな。
という響の甘さが積み重なり、はじめは気付いてないフリをしていた甲斐だが、約束をしてからちょうど一週間、見て見ぬふりができない程度に、響の行動は杜撰さを見せ始めていた。

「響は本当にお仕置きが好きなんだな」
「へぁ?」

唐突に「お仕置き」という単語が、甲斐の口から出てきたことに、響は後ろめたさと驚きと恥ずかしさで、言葉にならない言葉を吐く。

「いやぁ……ほら……ね」
「あ、大丈夫大丈夫。言い訳なら膝の上で聞くから」

甲斐はそう言いながら、部屋で立ちすくむ響の手を取りソファまで引き連れていく。甲斐はソファに座りながら、響の手首をぐっと強く引っ張ると、あっという間に彼女を膝の上に乗せた。
さっきまで部屋の掃除をしていたので、動きやすいTシャツにスウェット姿の響は、抵抗する間もなくするりと下着まで降ろされお尻が丸出しの状態になる。

「いや、ちょっと、待って」

甲斐の手で腰を抑えつけられているので、うまく上体が起こせないがなんとか甲斐の顔を見ようと振り返って響は言う。
響にはその表情は見えないが、甲斐はひとりニマっと笑うと右手をむき出しのお尻の上にそっと置く。

「待つよ。なに?」
「ふぇ?この状態で?」
「言い訳しなよ、どうぞ」

彼氏の膝の上に乗せられて、お尻が丸出し状態で何を話せというのだろう。響は甲斐の底意地の悪さを改めて実感している。
でも、言い訳できるならしておこうと、とりあえず何か発言しようと必死に頭を回す響。

「……あ……あのぉ……あのね」
「なに?」

ゆっくりと響のお尻を撫でていた手が一気に上にあがると、そのままお尻のど真ん中に平手が打ち込まれる。肌と肌がぶつかりあった大きな破裂音が部屋中に響きわたる。

「痛いっ!」
「そりゃ痛くしてるからな」

ゆっくりとしたペースで2打3打と、左右均等に平手が打ち落とされてくる。そのたびに白く細やかな肌をした響のお尻に、甲斐の掌のあとがくっきりと浮き上がる。

「一週間、寂しかったんだろ」

この約束をしてから、甲斐は慌ただしい一週間を過ごしていた。家に帰るのは寝るときだけ、起きていてもパソコンの前に向かっているか、電話しているかで、まともに響の相手をすることができなかった。
それはそれとして、そんな忙しい中でもモノが増えていっていることは誰でも気づく程度の量で、響が甲斐に構って欲しいのは火を見るより明らかだった。

「ふぇ……さみしかった……」

両足をバタバタつかせ、まるで子どものような言い方で響は本音を吐いた。
パシッパシッと乾いた音が響いているが、いつもより軽く叩いているようで、いつも大騒ぎする響が、今日は大人しくお仕置きを受けている姿を見て、とても愛おしく感じた甲斐だった。
響が買ったモノと言うのも、タオルや食器など日常的に目につくモノばかりで、甲斐に気づいてほしかったので、響は叱られてはいるものの心の奥では充実さを感じていることだろう。

甲斐の叩く手はまだ止まらないようで、軽く50回をこえ響のお尻は全体的に薄紅色に染まっている。

「ごめん……なさいっ……」

涙まじりの響の声はいつにも増して、とても可愛く聞こえる。
そんな声を聞くと、甲斐の振り下ろす手も自ずと強くなっていく。

「約束は、約束だから」
「……さみしかったんだもん」

叩く速度があがっていき、連打と言っても過言ではないほど、打ち込まれる手が速くなってきた。

「いやぁ……痛っ……」

響の泣き声と、お尻を叩く乾いた破裂音だけが部屋中に響いている。

「お仕置きだからね」

甲斐は落ち着いた声で言うと、響はぐずぐず鼻をすすりながら「うん」とだけ答えた。
まだ続く連打に響は泣きじゃくりながら耐えている。響が我慢したので、あっという間に赤くなったお尻に軽くぽんぽんと手を乗せて、甲斐は口を開いた。

「今から買い物いこっか」
「……えっ?」

満面の笑みを見せる甲斐と、涙目で顔も真っ赤になっており、何がなんだかわからない響。
いつも忙しい彼氏のデートのお誘いを蹴るわけがないので、響はコクリと頷く。甲斐は嬉しそうな顔で涙と鼻水でボロボロの彼女に軽くキスをする。

彼と彼女のパラフィリア◆09「彼女の習慣」

6年ほど住んだ小さな部屋を引き払うのは、自分が予想していたより大変だった。本当に必要なものなのか、もう不要なものなのか、判別してものを減らす作業はとても難しく、私にはとても苦手な作業だった。
最終的には詰められるだけダンボールに詰め込み、私の思い出とともに甲斐くんが待っている新たな部屋に持ち込む結果となった。

「荷物多くない?」
「女の子なんだから仕方ないでしょ〜!」
「ちゃんと片付けろよ」
「はいはい、わかってますって」

正直なところすべて片付けられる自信はないが、処分する勇気もないので、自分のペースでゆっくり断捨離していくしかなさそうだ。
そこはきっと甲斐くんもわかってくれるだろうと、たかをくくってダンボールを部屋に運び入れていく。

「俺、昼から打ち合わせがあるから片付け手伝えないけど、ひとりで大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫だよ」
「本当に?」
「オトナだから!ひとりでやれるから!」
「へぇ」

甲斐くんはからかうように私の顔を覗き込み、不敵な笑みを浮かべたが、私は気にもかけずに、ぷいっと振り返り荷物を運び込む。


──

甲斐くんの心配は杞憂に終わり、引っ越しの片付けは、彼が仕事で家をあけた昼から夕方にかけて、私ひとりである程度のところまで片付けることができた。
もともと私のために空けてくれていた一部屋に、必要な服や雑貨を出し、残る荷物はダンボールに詰めたまま、ウォークインクローゼットに押し込んだだけなので、実際のところはちゃんと片付けているわけではない。だが彼は、そんな細かいところまでチェックするような人間ではないので、生活に支障の出ないレベルにしておけばいいと、さっさと手を進めた結果だった。

「おなかすいた……」

引っ越し作業は、普段あまり動かない私にとって、かなりの体力を消耗してしまい空腹を感じながら、ぼーっとソファに座っていたのが、知らず知らずのうちに睡魔に負けてしまっていた。

ガタッ

何かが床に置かれる音と、ビニールがすれる音が聞こえる。

「……ん」

誰か人の気配がする。
寝てるときに人の気配がするなんて、あまりに久しぶりすぎて懐かしい気持ちになった。

「んー」
「おはよ」

ソファで横になっていた体を起こし、私は腕をあげ大きく伸びをする。

「おはよう。疲れて寝ちゃってたみたい」
「腹減ってるだろ?連絡したのに返事なかったから、夕飯買ってきたよ」
「ありがとう!おなかすいたなぁって思ったまま寝ちゃってて……」
「俺、気が利くから」

優しい笑顔を見せながら、甲斐くんは買い物袋から色々なものを取り出している。

「本当に気が利くよね。見習いたい」
「ぜひ見習ってほしいね」
「いやー、見習いたいって気持ちはあるんだよ?」
「そう?」
「うん」
「本当に?」
「嘘じゃないよ」

こんな他愛のない会話が日常にあるのは幸せだなって思う。

「嘘じゃないなら、手伝って」
「え、今?」

寝起きにぼーっとしてる私が手伝っても、なんの役にも立たないだろうと、テキパキ動く甲斐くんを眺めていた。

「へぇ、嘘つきはどうなるんだっけ?」
「いや、嘘じゃないんだって。寝起きのね、私が手伝っても邪魔かなって」
「嘘ついたうえに言い訳か、そんなにお尻叩かれたいって?」
「違っ!あーもう、わかったよ。手伝うよ」

お仕置きが嫌だから手伝うわけじゃないけど、甲斐くんはうまく私を動かしてくれる。
私の少し甘えた気持ちを奮い立たせてくれるとでも言うのだろうか。

「そのまま座っててもよかったのに」
「さっきと言ってること違うじゃん」
「いやそのままだったら、お仕置きはするけど」
「さすがに引っ越し初日にお仕置きは……」
「記念日らしくていいじゃん」
「あはは」

何がいいのか。
そういえば甲斐くんと出会ってから、お仕置きされたいとか、お尻叩かれたいって欲求が薄れてきている。
私が理想を抱いていた生活だったのに、望んでないのはなぜだろう。
別にイヤだとか、そういうわけじゃないと思う。
甲斐くんと私の関係でお仕置きがなくなるなんて、まずあり得ない。
だからと言って、叱られたりお仕置きされるのはイヤだなぁ。

甲斐くんをがっかりさせたくないから?
甲斐くんに嫌われたくないから?

「いただきまーす」

カット済の野菜とミニトマトにハムとチーズを乗せただけの簡単なサラダに、牛乳ベースに作られた軽めのクリームパスタ。
お湯をわかしてパスタを茹でている時間だけで、あっという間に出来上がった夕飯は、女の私が作るより手際が良くて盛り付けもセンスがあった。
少し悔しくも思ったが、そもそも自炊をほとんどしたことのない自分では、今張り合っても勝てる気がしなかったので、ただただ尊敬している。

「なんでこんなに料理上手なの?」
「昔のバイト経験かな」
「へぇ!すごいね」
「あと食べるの好きだから」
「私も食べる好きだけど、料理はからっきしダメ。でもこれからチャレンジしたいな」
「手は大事なんだし、無理しなくていいから」
「気を遣ってくれてありがとう」
「俺、気が利くから」
「さすが」

甲斐くんの作った料理はとてもおいしかった。ふたりであけた引っ越し祝いのワインは2本目に突入し、こんなくだらない会話がすでに2時間ほど続いていた。
そんな楽しい時間はあっという間で、明日が早い甲斐くんをお風呂に送り出し、私は洗い物と片付けをひとりで進めていた。

私がお風呂からあがり、髪を乾かして寝る準備を済ませたころには、すでに彼はもう可愛い寝顔を見せていた。
起きているときの甲斐くんの顔からは想像できないほど無垢な表情に、私はつい笑みをこぼす。

さっきの昼寝の影響でまったく眠気がこない。
寝ている甲斐くんの顔を眺めていられるなら、それが幸せなんじゃないかと思い、同じベッドに入っているものの、彼のぬくもりを感じながら今の幸せを体中で感じていた。


──


人間の習慣とは恐ろしいもので、学校がないこの時期、自分のベースで生活を続けていたら、私の昼寝の習慣は気づくと一週間も続いていた。
はじめは甲斐くんの寝顔を見ながら夜を過ごしていたが、彼を起こしてしまっては申し訳ないと思い、ここ数日はキッチンだけに明かりを点けてスマホをいじったり、読書をしたり、夜をひとりで楽しんでいた。

何でもない後ろめたいことをしているわけでもないのに、夜に起きているのはなんだか特別感があってワクワクする。
昼間に同じことをしていても感じられない高揚感が、この夜更かしに拍車をかけていると思う。

今日は何をしよう?
こないだ買ってきた小説は昨日の夜に読み終わってしまったし、今日はスマホにイヤホンをさしこんでドラマを見よう!

まだ眠気がこないから、あと1話。あと1話。と見ていたら、突然私の肩に手がかかった。

「ひゃっ!」

こんな夜更けに肩を叩くなんて心霊現象かと思い、驚きと恐怖で出したことのない悲鳴をあげた。
そんな情けない声を出した私の視線の先には、不機嫌そうに眉間にシワを寄せた彼氏が立っていた。

「なにやってんの」

あわててイヤホンをはずし、スマホの画面をロックしたが、何も取り繕えないのはわかっている。

「……」

その場で腕をつかまれた私は、彼に引っ張られるまま薄暗いリビングに連れて行かれる。
夜中に一気に明るく照明をつけたまぶしさに目がチカチカしたが、そんなのこれから起こるであろう出来事に比べたら、気にするほどのことではない。

結局、罪悪感を抱くような出来事はいつかバレてしまうものだ。私はいつものようにソファに座った彼の前に正座して、ここ一週間で過ごした、私の悪い習慣を洗いざらい白状させられた。

「で、どう思ってるの?」
「良くはないなって、思ってる」
「このまま、今の生活リズム続けるつもり?」
「今の生活リズムは直そうと思ってるよ」
「そう思って一週間経ってるわけだろ?」
「そうだけど」

なんだか、自分の甘さがイヤになる。
声だけで甲斐くんの機嫌の悪さがわかる。
それなのに言い訳しか出てこない。

「ちゃんと俺の目を見て」
「……」

そんなこと言われて素直に甲斐くんの目を見れるほど、私の心に余裕はない。
はぁと深いため息が頭上から聞こえた。

「わかった、寝かせてやるよ」

甲斐くんはそう言い放つと、ソファから立ち上がり正座している私の両脇に手を入れ無理やり立たせ、またソファに座り直しあっという間に膝の上に乗せてしまった。
私が抵抗する間もなく、勢いよくパジャマと下着を一気に膝までさげてしまうと、甲斐くんの膝の上でお尻が丸出しという恥ずかしい姿になってしまった。

「えっ寝かせるって言ったのに!」

私の一言がまるで何もわかっていないと言わんばかりに、きっつい平手がお尻に落ちてきた。
二打、三打ときつい平手が容赦なく私のお尻に打ち込まれる。

「泣いたら寝れるだろ」

聞こえる甲斐くんの声は相変わらず機嫌が悪そうだった。

「泣かなくても寝れるよ」

反射的に言い返してしまったのが良くなかった。
甲斐くんの左手がぐっと私の腰をきつく抑えたと思った途端、お尻を叩く右手はバシンバシンバシンと、さっきのペースの倍速で動き始めた。
まずい。そう思ったときには後の祭り。
私のお尻はみるみるうちに彼の手により赤く染まっていた。
バシッバシッと右、左、真ん中、と私のお尻をまんべんなく叩く手は、寝起きとは思えないほど的確に狙いを定められている。
回数は50を超えてきたあたりだろうか、こんな情けない理由で彼氏にお仕置きをされている自分がイヤになり、じわじわと涙が浮かんできた。

「もう、やだぁ……お尻、いたいよぉ」

涙が頬を伝ったが、彼の手は止まることなくお尻に痛みを与え続けている。

今は真夜中。
普段なら時計の針が進む音だけが聞こえている時間だ。そんな静かな時間であるはずの今、自分のお尻を叩く音が部屋中に響き渡っているのは、世界に私と甲斐くんしかいないんじゃないかと思えた。

何回と宣言もなければ、お説教もない。
黙々と叩かれるのは、いつ終わるのかもわからないお仕置きは、とても恐怖に感じる。

涙が軽く床を濡らし始めた頃、涙腺とつながっている鼻では、ぐずぐずと鼻をすすらないと鼻水をたらしてしまうんじゃないかというくらいの影響が出てきた。

「えぐっ……泣いてるよ?……寝るからぁ……超泣いてる……」
「知ってる」

甲斐くんの一言は無情だ。
当たり前だが、私のお尻を叩く手は止まっていない。
涙が出てきたあたりから、数をかぞえていないのでわからないが、お尻の感覚では100回はこえている気がする。
泣くまでお尻を叩くと聞いていたので、泣いたと知ったらお仕置きが終わるものだと思っていたが、やっぱり私の彼氏はそんなにすぐに許してくれるわけがなかった。

「あーん、痛いよぉ……痛くて寝れなくなっちゃう」
「へぇ、そんなこと言える余裕あるんだ」

ぼそっと彼はつぶやく。
バッシーンと叩かれてるお尻はもちろんのこと、耳も痛くなるほどの強い平手が、真っ赤に腫れたお尻に叩き込まれる。

「俺、結構眠いの」

バッシーンと、さっきよりペースは遅いが確実に狙って痛く叩いているのがわかる。

「ごめんなさい、反省してる」
「明日から何時に寝る?」

質問と同時に、また強い1打が私のお尻に落ちてくる。
叩きながら聞くなんて、頭回らないのに……。

「え……っと」
「何時?」

何時に寝るって言えば許してくれるんだろうと考えていると、またきつい平手がお尻のど真ん中を狙って叩き込まれた。

「いたぁ!えっと何時がいい?わかんない」

質問に質問で答えてしまったが、やはりお仕置きの手は止まらずきっちりとお尻に平手を落としてくる。

「うーん、安易に約束させるのもよくないから、明日話そう」
「うん」

お互いの信頼関係を壊したくないという、甲斐くんの優しさと律儀な性格がわかる提案を聞けて、少し胸をなでおろすことができたが、やっぱりまだお尻を叩くのは続いている。

「ちゃんと寝れそう?」

バッシーンといい音が部屋中に響かせ聞くことじゃない。
お尻はじんじんと痛んでいるのに簡単に眠れるのだろうか。

「……うん」
「わかった」

甲斐くんの一言で終わるのかと思って、気を抜いたお尻に、最後バッシーンバッシーンバッシーンときつい3発が落ちてきて、私は言葉にできない声を発した。

「おしまい。寝るぞ」

やっとお仕置きから解放された私は、じんじん痛む真っ赤なお尻を出したまま床にしゃがみこんでしまったが、甲斐くんはそんな私の余韻など知るかと言わんばかりに立ち上がると、私の腕を引っ張り上げ有無を言わせないまま軽々と私を抱き上げる。

「ちょ、えっ、待って」

真っ赤に腫れたお尻を出したままの状態で、お姫様抱っこされてもロマンのかけらもない。
お尻を叩かれた恥ずかしさと、お姫様抱っこをされている恥ずかしさが混ざり合い、ぎゅっと目をつぶることしかできずにいた。
お姫様抱っこのまま寝室のベッドに連れて行かれ、丁寧におろされた。

「もう」

と真っ赤な顔でふくれっ面になって勢い良くベッドに倒れ込むと

「お尻出したままで寝るの?」

甲斐くんがが真っ赤に腫れるまで叩いたせいで痛いのに、デリカシーなさすぎじゃない?
泣いたし、お尻痛いし、お姫様抱っこって、もうなんかわけわからない。
痛いし恥ずかしいし寝る。

「ばか!寝るもん」

がばっと掛け布団をかけて甲斐くんが見えない逆のほうへ体を向けた。
ふふっと後ろから笑いが聞こえたが、泣き疲れたし恥ずかしいし、甲斐くんの顔は見ないように目をつぶった。
そんな私を後ろからぎゅっと抱きしめ、小声でささやきが聞こえた。

「寂しかった」
「……ごめん」

こんな深夜に眠いなか、厳しくお仕置きした甲斐くんの努力は功を奏したようで、私にも彼にも、そのやりとりが本日最後の記憶だった。

彼と彼女のパラフィリア◆07「彼女の誤算」

甲斐くんと出会ってから、毎日の生活は、以前のようなとりあえず過ごす日常はなくなっていた。充実した日々は大学にバイトに恋愛に忙しく、きちんと予定を立てて行動しないと、あとあと自分が痛い目を見ることになるのは、火を見るより明らかなので前よりも慎重に予定を立てるようにしていた。

「あー」

私は一人暮らしをしている自分の部屋で、ひとり通帳とにらめっこしていた。
親が残してくれた遺産はすべて学費に回しているので、生活費は大学休学中に働いて貯めていた貯金と、今のバイトでなんとか暮らしているが、気づかない間に貯金の底が見えそうな金額になっていた。
大学休学中に働くということで、多くの社会経験をしてきたつもりだけど、もともと甘やかされて育った私は、どれだけ頑張っても甘えが抜けず、苦手な数字と戦いながら計画を立てていた貯金のやりくりは、かなりアバウトな収支予定だったのだと思う。
あとは甲斐くんとお付き合いするようになって、隣に並んでも恥ずかしくないような格好をしようという理由で服やカバンを買ってしまっていたのも、この危機を招いた原因のひとつだ。

「あーどうしよう」

通帳の残高を眺めていると、そんな悠長に考えてる時間はあまりなく、とにかく収入の算段を立てなければと、気持ちだけが焦るばかりで頭が混乱してきた。
とりあえずバイト増やそう。

はぁ、とため息をひとつついて、ふと時計をみると、朝から並んで予約をとった練習室の時間が結構過ぎていることに気がついた。
もういいや、今から練習しても身に入らないし今日のこのあとの授業もさぼっちゃおう。
まだまだ単位に響かないし、嫌な気分の日は家で昼寝をしよう。
私は欲望のままに一日を過ごしてやると心に決め、今日は自主休講することにした。
もちろん甲斐くんには秘密。
叱られてお仕置きされるのは、私のことを見守ってくれている愛情を感じるから好きなのだけど、やっぱりちょっとくらい息抜きがほしいし、今はお金のことで悩んでるんだからストレス発散が必要だもん。

うん、寝よう。

私はベッドに飛び込むと、あっという間に意識が遠くなり、真っ昼間にも関わらず深い眠りについたのであった。


──


甲斐くんに秘密にした自主休講の日から、私はバイトの日数を週1から週4に増やした。甲斐くんと会う日数はあまり減らさずに、学校の授業をギリギリ単位を落とさない程度に調整し出席し、自分の体に負担にならないよう、甲斐くんにもバレないように毎日を立てた予定通り、計画的に過ごすように心がけていた。

コンクールか、なにかのテストがあるのか、私には関係がないので、なにがあるのか知らないけど、ここ数日の練習室の予約はいつもより争奪戦が激しかった。甲斐くんの家にピアノが来てからは、授業の合間は練習室、授業後は甲斐くん家と甘えさせてもらっていたけど、今は夜にバイトがあるし、甲斐くんにはバイトのことを内緒にしてるのもあって、大学の練習室を使うしかないのだが、その練習室が取れないのだ。
1時間でも2時間でも練習しておきたいので、バイトを内緒にしてるのを後ろめたく感じながら甲斐くんの家に向かうことにした。

「え、うそ」

甲斐くんの家に行くとメールを送ったら、明日の夜まで実家に帰るから自由に使っていいと返信が来たので、安心したものの寂しさもあった。

「寂しいけど、練習させてもらおうっと」

相変わらず綺麗に片付いているシンプルな部屋には感心してしまう。私は片付けが苦手で、適当にしてしまうのをなるべく甲斐くんに知られないように過ごしているが、ついつい片付けを後回しにして注意をされるときがある。だから家主がいない今、少しほっとしている。

ほっとしながら練習をはじめていたら、普段より集中していたようで、気がつくと出勤時間がかなり迫っていた。私は焦りながらメイクを直し、荷物をまとめて慌ただしく甲斐くんの家を出ることになった。

楽譜は散らばり、ピアノは開けっ放し、飲みかけのコーヒーとスケジュールを書き込んだ手帳はテーブルに開いたままにしてきたけど、バイトが終わったら甲斐くんの家に戻ってきて、一気に片付けてから学校に行けばいいやと、とにかくお金を稼ぐほうを優先して行動することにした。
甲斐くんが家に戻ってくるのは明日の夜だ。学校は昼前から行く予定だから、片付けくらい余裕でできると思う。


──


「……ん」

なんか声がする。
夢だよね。
今この家にいるのは私ひとりだし、目覚ましのアラームもまだ鳴ってないし。

「おい、こら響」
「……んんん?」
「んん、じゃねーよ。起きろよ昼だぞ」

寝ている私の身体を揺らす人肌を感じ、甲斐くんの声がする。

「……え」

恐る恐る目を開くと、目の前には不機嫌そうな甲斐くんの姿が見えた。

「おはよ」
「……おはよ。早かったんだね」
「思ったより用事が早く終わったから」
「……怒ってる、よね」
「響、学校は?」

甲斐くんに言われて、慌てて時計を確認すると、どう頑張っても講義に間に合わない時間が表示されていた。自分の脇の甘さに落胆してしまったが、それより目の前にいる彼氏の機嫌のほうも気が気でなかった。

「今から頑張っても学校は間に合わない……本当、私ダメだ」

ダメな自分を認めてしまうと、頑張ってやりくりしていたことまで無駄になったように感じ、気がつくと涙が流れでてきていた。

「どうしたんだよ、別に怒ってないよ。泣くなよ」

甲斐くんはベッドに腰掛け、私の頭をゆっくりと撫でた。
不機嫌そうな表情は変わらないが、優しい声色で話しかけてくれる甲斐くんは、私の安心できる存在だと心から思った。

「……ごめん、自分が情けないなって思って。最近忙しくって、ちゃんと予定立てて頑張ってたのに、少し気を抜くと寝坊しちゃって……本当バカだなぁって」
「まあ学校のことは俺、わかんないけど。自分で反省してるなら大丈夫。怒ったりしないし」

甲斐くんの優しい言葉は、自己嫌悪におそわれている私にとって大きな救いに感じた。

「大人なんだから自分できちんとやってればいいんだから」
「……うん」
「今日はこのあと予定ある?」
「ない」
「そっか、なら一緒にいられるな。とりあえず顔洗っておいで」
「うん」

私の頭をぽんぽんと軽く叩くと、甲斐くんはベッドから立ち上がった。

「コーヒー飲むだろ?淹れてくるよ」

甲斐くんはそう言うと寝室から出ていった。私は甲斐くんに言われたとおり、顔を洗うために洗面台まで向かうと、部屋の乱雑さが目に入って片付けをし忘れていたことを思い出してそわそわしてしまう。
ぱぱっと洗顔をすませると、小走りで甲斐くんの元に戻った。
甲斐くんは楽譜とプリントが散らばっているテーブルにコーヒーカップをふたつ置き、ソファに腰掛けていた。

「あ、ごめん。片付けようと思ってたんだけどね」
「俺、学校のことは怒らないって言ったけどさ」
「うん、でもこれはダメだよね」
「だよな」

甲斐くんも私も苦笑いを浮かべてしまう。
膝をぽんぽんと叩いて合図を出されると、もう私に選択肢はなくなる。

「い、今すぐ?」
「今すぐ」

引きつった笑顔をしてダメ元で聞いてみたけど、返ってきた答えは予想通りで、私は観念してソファに座る甲斐くんの膝の上で腹ばいになるようにうつ伏せになった。
私が膝に乗った途端すぐに、部屋着にしていたスウェットと下着を一気にさげられて、お尻に冷たい空気を感じた。
そう思ったときには、痛い一発目がお尻に落ちてきていた。

「あぁっ!」
「何度も注意したよな」

バシンバシンバシンとペースの早い平手が落ちてくる。

「ごめん」

寝起きの私に大した言い訳ができるわけもなく、甲斐くんの膝の上で大人しくお尻を叩かれるしかなかった。
叩く強さはそれほど強くないが、普段より早いペースで左右のお尻を交互に叩かれていると、いつもじわじわくる痛みが今日は早く感じてしまう。
このペースが続くと足をばたつかせたりしちゃいそうだと思う私の気持ちなんか知るよしもなく、甲斐くんはバシンバシンと厳しく私のお尻を叩く。

「さすがに散らかしすぎ」
「甲斐くんが帰ってくる前に片付けるつもりだったもん」

つい出た言い訳を聞いた途端、甲斐くんの平手は一気に強くなった。
じわじわくる痛みを我慢していたが、早いペースで連打された痛みには我慢できず、私は手でお尻をかばってしまった。

「響、手は?」
「ごめんなさいっ」

甲斐くんに注意され、お尻をかばった手はすぐに元の位置に戻す。今日は腰も手も押さえつけてくれないので、痛みに頑張って耐えろと言われているように感じた。
バシンバシンと連打は続く。
軽く50発はこえただろうか、自分では見えないが、今までの経験からきっとお尻は少し赤くなってきてると思う。
ここから厳しく叩かれると、痛みに我慢できずに動いてしまいそうだ。

「ごめんなさいっ!ちゃんと片付けるよぉ。約束する」

何も言わずに連打を続ける甲斐くんの厳しさに、片付けしなかったことを後悔しながら、私はただ謝ることしかできなかった。
お尻の痛みはどんどん増している。きっとかなり赤くなってきているのだろう。

「ちゃんと約束できる?」
「うん」

やっと甲斐くんの声が聞けたが、お尻に落ちてくる平手はやまず、まだまだ私のお尻は腫らされるようだ。

「返事は、うんじゃなく、はいだろ」
「はいっ。ごめんなさいぃ」

反省してるし、後悔してるし、約束するからって思っても、そうすぐには許してくれない。甲斐くんのお仕置きは、やっぱり今日も厳しい。バシンバシンバシンとお尻を痛くする手は、まだ止まらず、私は我慢できずに、痛みから逃れるようにお尻を左右に揺らす。

「反省してるなら動かずにお仕置き受けなさい」

そう言った甲斐くんの声は優しかったが、その後に強烈な平手が3発もお尻に振り落とされた。

「あぁっ!ごめんなさいっ」

きつい平手を落とした手は、腫れている私のお尻を確認するかのようにゆっくりと撫でた。

「じゃあ次、約束やぶったらどうする?」
「やぶらないもん」
「なら次、散らかしたら木のブラシで50回な」
「えっブラシって?なに?」
「約束やぶらないなら、知らなくていいだろ」

甲斐くんは、ははっと軽快に笑い飛ばしながら、私のお尻を軽くパシッと叩いた。

「ったい」
「お仕置き終了」

私は甲斐くんの膝の上から解放されると、下着をあげる間もなく赤く腫れたお尻をだしたまま床に座り込んでしまった。

「俺、今から昼メシ買ってくるから、響はその間に片付けな」
「はい」
「俺が戻ってくるまでに片付け終わらせないと、追加でお仕置きだから」
「えーお尻痛いのに」
「もっとお尻痛くさせたいなら、そのままでもいいよ」

甲斐くんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、座り込んだ私の横を通りぬけ颯爽と出かけて行ってしまった。

片付けも終わらせなきゃいけないし、内緒にしているバイトの痕跡も画さなきゃいけないし、これ以上お尻を叩かれたら……と想像すると何日も座るのがつらくなってしまうので、腫れたお尻にそっと下着をあげて、大人しく部屋の片付けをはじめた。

今日は叩くペースが早かったから、数をかぞえる余裕がなかったけど、きっと100はこえてたと思う。そんなに厳しくしなくてもいいじゃんと考えながら、甲斐くんの片付けの重要さを身にしみて感じ、約束の重さを早くも後悔している私がいた。

彼と彼女のパラフィリア◆06「彼の日曜日」

俺としたことが、自分の体力の限界に気が付かずに、つい感情に任せて行動してしまった。響に対して怒ったというより、たまりに溜まったストレスが重なって、頭にきてしまったのだ。
朝日が差し込んだら眩しさで自然に目が覚めるように、窓際に置いたベッドは今日も明るく光を差し込んでいた。目が覚めた俺の左腕は響の枕と化していて、ぐっすりと寝入っている響を起こしてしまいそうで動くに動けないでいた。
俺のTシャツ一枚で寝ている響の寝相は、あまりいいものではなかったが、そんなゆるさも可愛くセクシーに見えた。はしたない格好だと思うが、俺の前だけに見せている姿なら、許してしまう男の下心は少なからず俺にもある。
しっかりしてそうで抜けていたり油断してしまう響の性格は、俺の理想とする女性だと日々感じている。普段は凛とした顔つきで日常を過ごす響が、俺とのやりとりでは甘えてきたり、ときにはかまってほしくて、叱ってほしそうな顔を見せるのは、やみつきになる魅力だと思う。

大きめのTシャツの裾から覗く太もも、下着に包まれたお尻は少し赤みが残っているのが見える。優しく撫でてみると、響はうーんと子猫のような声を出した。
響の額に軽くキスをして声をかけた。

「響?枕、一旦休憩させて」
「……ぅん」

もにょもにょと何か言いながら、響は寝返りを打って枕係を解放してくれた。
そっと響の頭を軽く撫でると、起こしても起きなさそうな響を置いて俺はひとりでベッドから起き上がった。
毎朝の習慣はやめられないのか、起きたらコーヒーが飲みたくなるので、キッチンでコーヒーメーカーのセットをする。砂糖と牛乳をたっぷり入れたコーヒーじゃないと、苦くて飲めたもんじゃないので、苦くなく渋くなくコクの深い豆を珈琲屋でブレンドしてもらっている。ダンディな大人の男はブラックだろ。と自分の舌も年齢とともに成長して、ブラックがいけるようになってるのではないかと何度か試してみたが、まだまだ俺の舌はお子様だ。だが、ビールは最近おいしく思えるようになったから、きっとそのうちブラック党になれると信じ続けていこうと、自分では思っている。
マグカップに並々と注がれたミルクコーヒーを片手に、パソコンの前に座る。これも毎朝の習慣だ。
同じベッドで一晩を過ごしたのだから、普段は気にするスマホに入る彼女からの連絡は気にすることもなく、パソコンから朝のメールチェックだけ済ませておけば、今日は夜までなんの用事もなく恋人と過ごせるのだ。
パソコンのモニターを眺めつつも、ワーキングチェアに座ったまま両手を上にあげて軽く伸びをした。
久しぶりにぐっすり眠れて、頭はいつもよりすっきりしているのに、まっすぐに差込む朝の光はまぶしく、気持ちいい朝のはずが心は晴れとはいかなかった。

昨日の夜の自分の行動に納得がいかない。
理想的な俺の行動ではないのは確かだ。
こう言うと響が可哀相、いや響のお尻が可哀相だが、昨日の夕方からやり直したい気分だ。
仕事でも学業でもプライベートでも自分が携わるなら、きっちり納得のいく方法で結果を出したいと常日頃思っている。もちろん自分ひとりの力だけで、すべてを見て回って作業して確認してくなんて、どんな才能を持ってしても難しいと思う。だから信用できるプログラム、人間、会社、自分が見定めたモノを信用して、先を読んで進めていくのが方法で日々をこなしている。
今まで学業や仕事はやればやるだけ返ってくる感触があった。だからそれだけ努力して積み上げていったり、たまには自分の経験を活かし賭けにでるときもあった。もちろんその賭けには少なからず負けという結果にはならなかった。日々の経験というものは自分の肥やしになると身にしみている。
ただ、恋愛だけは違った。
俺が頑張るだけで、相手の気持ちが揺れることもあるが、同じことを続けていたとしても、相手の気持ちを繋ぎ止めることが出来なかったりする。その理不尽さに呆れることも多いが、俺も普通の男としての欲はある。自分で言うのもなんだが、ルックスも良く学生起業家の自分がモテないわけがない。見かけのいい女を隣にはべらせているだけでいい、俺が尻を叩くと言ったら理由も聞かずプレイとして尻を差し出す女を調達するのもたやすいことだ。だが自分の欲が、そんな女たちでは満たされないのは気付いていた。

猫のように気まぐれで、犬のように慕ってくる響は、俺には読めないところがあり、彼女を叱るのはやり甲斐があって毎日が楽しく過ごせている。
ちょっと突飛で無理やり突き通そうとする、まっすぐな性格が仇となって、俺が行動に目を光らせているとすぐにお仕置きされてしまう抜けたところも可愛い。
スパンキングから出会った俺たちは、響もたまに叱られることで構ってもらえてると感じているし、俺も響を見守ることでお互いの承認欲求を満たせている。いわゆるwin-winの関係にあるのだ。

まずは整理しよう。
俺の逆鱗に触れたのは、響の少しのわがままがいくつか積み重なったことにあり、ひとつひとつ注意していけばよかったのか。そうは言っても、彼女も立派な大人だし、少し言えば理解するのは容易だと思う。そこをお仕置きをする理由として、置いておいた俺にも非がある。
ましてや昨日は土曜日。響との約束で毎週お仕置きすることはすでに決まっていたわけだ。

「やっぱり俺も悪いよな…」

自分の欲望に底がないことを身にしみて感じてしまう。それを自分で理解して制御できるのが大人だと思う。まだまだ俺はガキだってことだな。

「…ん?」

デスクで充電してあるスマホのランプが光っているのが見えた。
手にとって確認してみると、そこには『和真』という名前が目に入った。
このタイミングでは見たくなかった名前だった。余計なストレスを増やすのはごめんだと、メールの詳細を開かずに通知を切って響が寝ているベッドに戻った。

「…甲斐くぅん」

ベッドに戻ると、寝ているのか起きているのか判断のつかない響が俺の名前を呼んでいた。

「起きたのか?」
「甲斐くん二度寝しよ〜!」

ベッドに腰掛けた俺に、響は全力で抱きついてきた。寝ぼけている人間はなんでこんなに重いんだろう。などと考える暇もなく響のほうへ倒れ込んでしまう。

「ちょっとだけだよ。昼の予定あんだろ」
「やった!甲斐くん好き!おやすみ!」

馬鹿なのかマイペースなのか空気読まないのか、響はそのまま俺の太ももを枕にして寝てしまった。苦笑いしながら、俺も響の隣で横になった。


──


「甲斐くーん!起きて!」

響の遠くから聞こえる大声で目が覚めた。
時計を見ると一時をさしていた。
どれだけ寝るんだよ俺は、成長期かよ。今そんなに寝ても身長なんて伸びないだろ。あ、でもこないだ読んだ記事では、男性は25歳まで身長が伸びると書いてあったけど、俺にも希望はあるのか。
と、寝起きの頭はどうでもいいことを語っていた。

パタパタと足音がすると、響が寝室に入ってきた。ぐっすり寝たからか、化粧をしていたからか、響の表情は明るかった。

「もう甲斐くんったら、お寝坊さん」
「響が二度寝しようって誘ったんだろ」
「えっ?そうだっけ」
「まあいいや。映画の予定何時だっけ?」
「3時過ぎだよ」
「じゃあまだ間に合うな、響おいで」

俺はベッドから起き上がり、腰を掛けた状態でベッドを軽く叩く。

「えっ…準備あるし…また今度に…」

俺の発言に響は驚きを隠せずにいた。明るかった表情は、一気に困惑に変わっていく。

「約束は約束だろ。とは言っても俺も、昨日は途中で寝ちゃって申し訳ない。ちゃんとお仕置きするって約束だったのに、約束守れなくて」
「昨日の痛かったし今もまだ痛いよ?」

響はお尻をさすりながら口を尖らせて言う。
そんな当たり前のこと言っても、俺はまた今度にするなんて、昨日の無様な寝落ちのような選択を取るはずがない。

「知ってる痛くしたから」
「だから今度にしようよ」
「映画の約束は果たしたいから、早く終わらせるよ。ごねても数が増えるだけだろ?」

響が行きたがっていた映画のためなのか、ゆっくりとベッドに乗って四つん這いの姿勢になった。
まだ寝間着にしていたTシャツ一枚のままだったので、四つん這になると下着がすぐに見えるようになる。俺がその場ですぐにおろせば簡単にお尻を出すことができるが、約束は違ったので下着ごしに軽くお尻を叩いて促す。

「響、自分で下着おろして。約束だろ」
「う…はい」

響はしぶしぶ下着をおろすと、彼女のお尻には昨日のお仕置きのあとがはっきりと残っているのがわかる。このうえにお尻を叩かれると、さぞや痛いだろうなと同情しつつも、俺は心を鬼にして進めていく。

「昨日確認するの忘れてたんだけど、土曜日のお仕置きの根本的な理由は?」
「私がキャバクラで働いてたこと黙ってたから」
「そうだよな。嘘や隠し事しないって約束を破ったらどうなるんだっけ?」
「お尻を叩かれます」

響は恥ずかしそうな声で答えた。こうやって毎回ちゃんと確認して、俺との関係を理解してもらうつもりだ。

「それで日曜は何するの?」
「お尻痛いままデートしてご飯食べて、同伴出勤する…」
「俺が独占欲あるのわからないみたいだよね。だからお尻痛くされると」
「わかってるよ。もうお尻痛いと、甲斐くんのことしか考えられなくなってるもん」

四つん這いのまま響は足をバタバタさせたので、俺は軽く2回、動くなと指示するかのようにお尻を叩いた。

「ほらお尻痛くないとダメじゃん」
「そんなこと…」
「時間ねーから、さっさと終わらせるよ。足、もっと開いて。崩れたり数え間違えたら、いつもと同じく10回追加ね」

俺は響の太ももを持って片足ずつ、無理やり肩幅に開けさせた。

「…何回叩くの?」

不安そうな表情で振り向いてこちらを見つめる響。
そんな表情を見せたらもっといじめたくなるじゃん。と考えながらも昨日の二の舞いにならないよう、理性を保つように心がけた。

「昨日の回数忘れたの?なら100だな」
「違うもん。確認だよ。昨日は50回だったから」
「覚えてたのか、あんなに泣いてたし酔ってたから忘れてたのかと思った。あと残り50な」

四つん這いになった響のお尻に少しかかったTシャツを上にまくり、お仕置きの準備は万全だ。

「昨日のが痛いから加減してほしい」
「お仕置きで許してやるって言ってるのに、なんで手加減しなきゃいけないわけ?俺との約束を守れない彼女とは、付き合えないし別れてもいいよ」
「そういう意味じゃなくって」

響の声が涙まじりなになっている。
お仕置きを減らしても、響はきっと今とかわらないくらい俺を悩ませるに違いない。そうしたら俺の余裕がなくなるよ。お仕置きできるから、その性格に付き合ってると言えば響が傷つくだろうか。

「お仕置き手加減してとかワガママ言うなら道具使おうか、定規だったらあるけど」
「道具やだ!」
「なら厳しくするよ」
「…はい」

響の腰を左手で抑えると、右手をゆっくりとあげ、しなるように叩き込むように、彼女のお尻に平手を落とした。

「…っん!」

バッシーンと大きな音とともに、響の口からは言葉にならない吐息がもれた。

「数は」

すぐに数を数える約束だが、昨日のお仕置きの痛みが残るのか、響は足を少し動かして頭はうなだれるように下を向けていた。

「ごめんなさい甲斐くん、痛くて」

響の弱音を聞き入れるわけにはいかないので、バシンバシンと、さっきより軽めに響のお尻を等間隔で叩きながら言う。

「痛くしてるんだから当たり前だろ。映画終わるまでお仕置きしようか?」
「あーん、やだ。デートしたい」

響は必死に首を横に振り、いやいやと意思表示を見せる。
俺は叩いている手を止めて、響の顔が見えるように動いて目が合うように、彼女の顎を下から軽くすくいあげるようにして顔をあげさせた。

「俺も響とデートしたいよ。今の10回追加で、60回叩くから頑張って」
「ぅう……」
「早くしないと化粧くずれたまま、俺とデートすることになるけど?」
「…我慢するから、お仕置き…して」

潤んだ瞳でお仕置きを懇願する響の姿は、言葉で言い表せないほど魅力的に見えた。
俺はフフッと少し鼻で笑うと、お仕置きが再開できるように体勢を整えた。

「ちゃんと数えろよ。あとお仕置きのときの言葉遣いは"してください"だからな」
「はい」
「じゃあはじめるよ」

響の腰を左手で抑えて、右手を大きく振り上げて一打ずつ平手を打ち込んでいく。寝室には涙声でカウントする響の声と、しっかりと打たれている彼女のお尻と俺の平手が、バッシーンバッシーンとゆっくりした間隔で、ぶつかりはじけるような乾いた音だけが響き渡っている。

20をこえたあたりで響のカウントは、ところどころ抜けて声が震えて泣いてる間に数えるようになってきた。
相当堪えてるのだろう。
昨日叩いた痕になっているところは避けて叩いているつもりだが、かなり痛いらしく響はお尻を左右に振ってしまっている。

「響、そんなに動くなら膝の上にするか?」
「ううう…うん膝の上がいい」

少し響は悩んだようだが、やはり相当堪えているのか、両手をついた状態では涙を拭えないまま、泣きっぱなしの顔は真っ赤になっていた。
響を四つん這いから起き上がらせ、そのままベッドに腰掛けた俺の膝に腹ばいにさせた。
子どもをお仕置きするときのようなこの姿勢を、響に対して使うことは嫌いではない。むしろ年上の彼女を膝の上でお尻ぺんぺんのお仕置きをしている、というシチュエーションだけで、心が満たされるというものだ。

「膝の上だとさっきみたいに痛くできないから回数増やすぞ」
「うん、ごめんなさい」
「数はかぞえなくていいから、膝の上で泣いとけ」

もうすでに薄ら赤く染まっている響のお尻は、小刻みに震えていて俺からのお仕置きを待っているようでとても可愛かった。
あと30回だったが、膝の上に乗せては腕は振り上げられても、足は踏み込めないのでそこまで威力のある叩き方はできない。
仕方ない、百叩きくらいで終わらせよう。

さっきより早いペースで、バシンバシンと響のお尻を叩き始める。
膝の上だからそんなに強くは叩けないが、もうすでに昨日から何度も叩かれているお尻には痛むようで、相変わらず俺の膝の上でも逃げるようにお尻を左右に揺らしていた。

「動かないっ」

バッシン!と強めに叩く。

「っごめんなさい」

左手では響の腰を強く抑えて、右手は響のお尻を全体的にまんべんなく赤く染める作業に集中している。

「っ…ぅんん…甲斐くん…ごめんねっ…」

叩かれながらなので、響の言葉は途切れ途切れになっている。

「何がごめんなの?」
「隠しっ…ごとしたり…嘘つい…たり」
「悲しよ、本当に」
「…ごめんなさい」

そろそろ膝に乗せてから50回こえたあたりだろうか、自分の右手と響のお尻がぶつかり合うバシンバシンという音と、響のごめんなさいと謝る声だけが聞こえていた。
後半は早く終わらせたいので無言で響のお尻を叩き続けていた。

「…甲斐く…あぅん…ごめん…なさい」

気づくと100回こえていたかもしれない、響のお尻はきれいに真っ赤に染まり、かなりの熱を持っていた。

「響、終わりだよ」
「……ごめんなさい」

泣いて声がかすれていたが、顔はもっと泣いて腫れてるかもしれない。ゆっくりと響を抱き起こして膝の上に座らせると、お仕置きが辛かったとわかるような、髪はくずれ、顔に長い後ろの毛がかかっていたのでそっと後ろに戻し、顔がよく見えるように覗き込んだ。

「泣きすぎ」
「だって…痛かったもん」

響は真っ赤な顔をしながらふくれっ面を見せる。

「…可愛い」

俺は我慢できず、響の唇に自分の唇を重ねた。
泣きはらした目を瞑って、俺を受け入れる彼女の姿は、今の俺にとってとてつもなく魅力的で、今すぐにでも犯したい衝動にかられた。

「もっかいキスしたら出かける準備しよ」

ちゅーと言いながら自らキスをしてきた響はさっきまで泣いていたとは思えないほど明るい表情をしていた。
キスをしおえた響はぱっと立ち上がり振り返ると、俺の股間を軽く撫でて笑う。

「これは今晩にしようね」

緩めのスウェットだから気づかれないと思いきや、響はちゃんと気づいていた。
少し残念だと思いながらも、俺もデートの準備をはじめることにした。

結局、膝の上でお仕置きするという妥協をしてしまったのは、まだまだ俺の甘さだなと感じながらも、楽しそうにデートの準備をしている彼女のバタバタ動き回る姿を見ていると、まあいいかとも思えてきた。

今日はお尻を痛がる響を眺めながら、映画を見て、ご飯を食べて、オープンラストでお店で座りながらお酒を飲めるという楽しい一日がはじまる。
そのあとのお楽しみがあると思うとニヤニヤが止まらなくなるが、理想の俺ではないので無理やり表情を抑えることにする。

彼と彼女のパラフィリア◆05「彼女の土曜日」

毎週土曜日は甲斐くんの家にお泊りする日。
普通の恋人同士なら、待ち遠しい土曜日となるのだろうけど、私の気持ちを一言で表現するなら『憂鬱』だ。甲斐くんに会って話したりくっついたりするのは楽しみなんだけど、こないだの一件から、毎週土曜日のお約束ができてしまったので、私の気持ちは落ちてしまっている。

最初は望んでお尻を叩いてほしいと思っていたが、今まで自分のいい加減な考え方や、都合の悪いときには適当にごまかしてあしらってきたことは、ほとんど露呈することもなく、誰にも咎められなかったのでこれでいいものだと思っていた。
甲斐くんと出会ってからは、自分の甘い考えや行動を注意されることが増えてきて、今までは誰にも気づかれていなかったことを甲斐くんは、私の心を見透かすようにいとも簡単に問題点を挙げてくる。
本当はそんな関係を望んでいたはずなのに、いざお仕置きされるときのあの張り詰めた空気には慣れることがない。
私のことわかってくれるいい彼氏。それは決して間違いではない。
甲斐くんの頭の回転の早さについていけなくて、怒られそうなときにとっさに逃げることがなかなかできないのだ。注意されると胸が痛くなるような突かれたくない原因で、叱られていることが何度があり、私の求めていたお仕置きのある生活に疑問を感じるようになっていた。

甲斐くんから預かった合鍵で、玄関ホールのガラスで出来た自動ドアを解錠しエレベーターで最上階にあがる。
ペンシル型のマンションで最上階は甲斐くんの住む一戸だけになっている。本来はファミリー向けの部屋で、実際物置と化している部屋が多くある。甲斐くんは広いリビングとメインの寝室だけを使っていたので、一部屋を私が使えるように片付けてくれたくれたものの、結局甲斐くんのベッドで添い寝してばかりである。

「おじゃましまーす」
「いらっしゃい」

リビングに置いてあるいくつものパソコンのモニターの前に座る甲斐くんは、まるで家具のように今日も同じ定位置にいる。
彼女の私が部屋に入ってきてもこっちをみてくれない。
そんなのいつものことなので、とやかく言うのはスマートじゃないかなと思って、ついつい我慢してしまう。
だけど、やはり寂しいものは寂しい。
私はピアノの鍵盤蓋を勢い良く開けると、わざと音を立てるように椅子に腰を掛ける。
鍵盤を叩くように和音が続く曲を弾き始める。
楽譜に載ってる強弱の記号はまるで無視しているので演奏しているというより、ただただ自分のイライラを鍵盤を叩いて表現している感じが強い。

「どうした?荒れてるみたいだけど」

グランドピアノに手を乗せて、何も悩みもないような涼しい顔をした甲斐くんが声を掛けてきた。
その甲斐の表情にさえ少し苛ついてしまったが、八つ当たりもいいところなので、私はひとつ大きく深呼吸して苦笑いを見せた。

「女の子はね、色々ストレスがあるの」
「男だってストレスくらいある」
「甲斐くんは人生うまくいってる感じにしか見えない」

私は叩くように演奏していた手を止める。すると甲斐くんは私の両肩に手を掛け、彼のいるほうへ上半身を向けさせた。
甲斐くんの顔を目の前にすると、さっきまで抱いていたイライラは忘れてしまう。まるで魔法じゃないかと思ってしまう。

「俺にだってうまくいかないことあるよ」
「たとえば?」
「お前のご機嫌とること」

そう言いながら、甲斐くんは私の唇に自分の唇を重ねた。

「そうかなぁ。私はいいように操られてる気がしちゃう」
「気のせいだよ。頭の回転早いくせに単純なバカってなかなか相手にする機会ないから難しいよ」
「バ…バカって、なにそれ!」
「嘘ついたら怒るよって、響に言い聞かせてる手前、自分も嘘ついちゃいけないなって思ってたら、つい本音が」

わざと言ったらしく、甲斐くん笑いながら私の膨らませた両頬を大きな右手でつぶすようにつかんできた。
かなわないなぁ…。
私の心の声が呟く。

「19時にレストラン予約してあるから、ピアノでも弾いて待ってて。あと少し仕事が残ってるから終わらせたい」
「うん」

甲斐くんは私の頭を撫でると、早足でデスクのほうに戻っていった。レストランデートに浮かれたいところだけど、その後に待ってるであろうお仕置きのことを考えると、ピアノを楽しく弾く気にはなれない。
パソコンのモニターがいくつも並ぶ甲斐くんのデスクは、私の知らない甲斐くんの横顔が見られる。
私はまったく知らなかったのだが、甲斐くんは若手起業家として有名らしい。収入もかなりあると、なにかのゴシップ記事に載るほどの人物だったようで、そんな彼とスパンキングという共通の趣向で出会うなんて、人生とは読めないものだなと思っている。

甲斐くんは仕事を終わらせて、お気に入りの車でレストランに移動する。レストランは、甲斐くんの家から大して離れていない立地なので、歩いていくかと聞かれたが、甲斐の運転する車の助手席に座りたいと無理を言って、わざわざ車を出してもらった。

甲斐くんが予約したレストランはカジュアルなイタリアンだった。行きつけの店らしくお店の人に挨拶されている。

「あれ甲斐くん、今日は飲まないの?」
「車で来たいって、こいつが言うからさ」
「もしかして彼女さん?」
「あ、はい。はじめまして」
「可愛いらしい子だね、ゆっくりしてってね」

私だけ一杯飲むのは気が引けたが、こんなおいしそうなイタリアン目の前にして、お酒を我慢するのはさすがにできなかった。

「甲斐くんごめんね!一杯だけだから」
「一杯だけな」
「はーい」

甲斐くんに仕事の電話がかかってくると5分から10分は席に戻ってこない。
お酒飲みきっちゃった…。甲斐くんまだかなぁ。
私のグラスがあいたのを確認したのか、店員さんが声を掛けてくれる。

「おかわり注ぎましょうか?」
「うーん…お願いします」

ちょっと思い切ってしまった。
デートの最中なのに仕事の電話で席立つほうが失礼じゃん?
と、心の中で言い訳を並べながら二杯目のお酒をいただく。
調子に乗って三杯目をウエイターさんが持ってきてくれたと同時に甲斐くんが戻ってきた。

「一杯って話は嘘だったわけだ」
「や、いや、ちがうの」
「何がちがうの?説明してみろよ」
「お料理おいしいのに甲斐くん電話でいなくなるし、つまんないから飲んじゃった…ごめん」
「ごめんは後で聞くわ。飲みたきゃ飲めよ。俺運転するから飲めないけど」
「…ごめん」

お料理は文句なしにおいしいけど、甲斐くんの上っ面だけの表情と言動を見ていると胸が痛くなってくる。
彼の機嫌があまり良くないのは私のせいだ。
そんな甲斐くんと過ごしていたら、私の口数はどんどん少なくなっていき、冷めた料理を目の前にして私達も冷めた空気に包まれていた。

「帰ろう」

重い空気に耐えられなくなった私は口を開く。

「どこに?」
「甲斐くん家」

私と会話をしているのに目も合わせず、彼はタバコに火をつけた。甲斐くんの機嫌の悪さはひどくなる一方だ。

「わかった」

一言だけ呟くと、早々と会計を済ませ席を立ち上がり、歩く早さも気にしてくれない甲斐くんの背中を、私は小走りで追いかけていく。土曜日とは言え、オフィス街にあるレストランなので店を出ても人の気配は少なかった。人の目を気にせず楽しめるように、ここのレストランをわざわざ選んでくれたのかと考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、胸が痛んで涙があふれてきた。

「後ろに乗って」

薄暗い駐車場では私が泣いてるのを気付いてないのか、私のことを見ていないのか、甲斐くんは冷たい声で指示を出して後部座席のドアを開ける。
言われるがまま後部座席に座ろうと、車内に足を入れるとそのまま押し倒される形でシートと床に手がついた。

「帰る前にお仕置きな」

一緒に後部座席に乗ってきた甲斐くんは、私の腰を抱きかかえて簡単と言わんばかりに素早く下着をおろした。私は突然の出来事に頭が真っ白になって、抵抗したり声をあげることすらできずにいた。

「約束やぶったらどうなるんだっけ?言ってみて」

まくり上げられたスカートとおろされた下着の間から見えているであろう、丸出しの私のお尻を軽く叩きながら、甲斐くんは言った。

「…いや、無理。家に帰ってからにして、お願い!」
「約束やぶったらどうなるの?」

一発、二発、三発と甲斐くんの平手が私のお尻に打ち落とされる。叩かれた痛みより、誰かに見られるんじゃないかという不安と恥ずかしさで冷静に考えることができなくなっていた。

「仕方ねーな。外だし早く終わらせてやるから、30回我慢な」
「やだ…お家に帰っ…ったい!」

きつい一発が私のお尻に落ちてきた。

「そんなに俺ん家がいいなら、エレベーターホールでお仕置きしようか」
「やだ無理!ごめんなさいぃ!」

これ以上、甲斐くんを怒らせても怖いので、私は大人しくお仕置きを受けることにした。いくら後部座席がスモークガラスになっていて、外から見えづらいとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。車内は広くもないので、叩き損じたり逃げられないように、甲斐くんはいつもよりきつめに私の腰を抱きかかえているようだ。

「恥ずかしいっ…痛いしっ…甲斐くんっ…」
「黙って大人しく叩かれてなさい」
「んんっ…はいっ…っん」

暗い車内では振り返っても表情が見えないし、甲斐くんの冷淡な声色からは抵抗しないほうが懸命だと、私の本能が言うので我慢して声を殺しながら、お尻を叩かれ続けた。
普段のお仕置きで30回は少ないほうだから、すぐに終わると思っていたけど、外で叩かれているせいかなかなか終わらない。

「あと10回」

甲斐くんが私の耳元で囁くと、私は強く目をつぶった。
一発一発お尻の下からすくい上げるように、容赦なく平手を打ち込んでくる甲斐くんは本当に怖い。
心の中で10数え終わったと同時に、甲斐くんの手も止まった。

「終わり」

そう言って甲斐くんは私の腰から手を離すと、まくり上げたスカートをおろしてくれた。

「運転席に移動したいから、ドア開けるぞ」
「私も助手席に移りたい…」
「じゃあ早く下着穿いて。家帰ったらすぐ脱がせるけどな」

甲斐くんはふふっと鼻で笑う。私が慌てて下着をあげると、甲斐くんは運転席に、私は助手席へと移動をした。
車内にはエンジン音だけが響いている。沈黙が続くのはつらいなと思っているうちに、甲斐くんの家のマンションに到着したが、家に戻ったらまた続きがあるんじゃないかと考えると、気が気でなかった。
駐車場からエレベーター、玄関を開けても甲斐くんは声ひとつ発しないので、怖くて私も黙ったままついていくだけだった。
玄関の扉を開けるとそのままデスクに向かった甲斐くん。私は仕方なくソファに一人で腰を落とす。

「…響、さっきはごめん」
「え…?いや、さっきは私が悪かったよ、甲斐くんもお酒飲みたかったのに、私だけ飲んじゃって」
「いや、まあそこはイラッとしたけど、外で尻を叩くほどじゃなかったと思う。ごめん」

見たことのない甲斐くんの無に近い表情は、なんだか気味が悪かった。

「どうかしたの…?」
「さっきの電話でさ、ちょっと嫌なことあって苛ついた後の出来事だったから、つい感情的になってたなと反省してる」
「そっか…私は平気だよ」
「俺はダメだわ。自己嫌悪に襲われてる」
「私が悪いもん。本当は寂しくて構ってほしかったの」

話を進めていると、自分の本当の気持ちがわからなくなってきた。お仕置きをこんなにされる関係は、本意じゃないはずなのに。

「改めて我儘言って、約束やぶった私にお仕置きしてほしい」
「……」

私は何を言ってるんだろう。甲斐くんは黙ったままだし、全然先が読めない空気になってしまった。

「わかった」

甲斐くんはそう言ってデスク用チェアから立ち上がった。ソファに座る私の前に来て、手を差し出すと私の手を取って寝室までエスコートしてくれる。いつもは連行と表現したほうが良さそうな流れなのに、今日は優しくエスコートされている感じがする。
ベッドに軽く腰掛けた甲斐くんのエスコートで、私は彼の膝の上に腹ばいになった。
大切な宝物を確かめるかのように、スカート越しの私のお尻を柔らかい手つきで撫でながら、優しい声で囁く。

「響が反省できるだけの数叩くよ。何回で反省できる?」
「ご、じゅう…回」
「さっきの30回で、俺からのお仕置きは終わってるから、自分で決めた50は我慢しろよ」
「うん」
「返事は、うんじゃなくて、はい。ね」
「は、はい」

私の頭を一撫でした甲斐くんの左手は暖かかった。ついその手にはにかんでしまう。甲斐くんに触れているだけで一人じゃないことをぬくもりから感じることができて、心から安げる気がした。
そんな私の安らぎの時間はすぐに終わってしまう。甲斐くんは私のスカートをまくり上げ、そのままするっと下着をおろすと、右手を高くふりあげて私のお尻に平手を振り落とし始めた。

こんなときでも加減はしてくれないらしい。初めて自分からお仕置きをお願いした恥ずかしさと、言ってしまった後悔もあり、私は歯を食いしばり、きつく目をつぶり、両足はきっちりとそろえたまま力をいれる。

「んっ…んんー!…んはっ」

言葉にならない変な呼吸をしながら私は必死に耐えている。
私が頑張って耐えれば耐えるほど、甲斐くんの叩く手は強くなってきている気がする。
広い寝室で私のお尻が叩かれている音だけが、ただ鳴り響いていていると自覚すると、本当にとても恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。

多分20発こえたあたりで、私の腰を抱きかかえている左腕に力が入ったのを感じた、その時だった。今までの叩くペースとは比にならないほどの早さで、平手が落ちてくるようになった。軽くジョギングしているときの早さとでも言えば伝わるだろうか。

早く連打されたことに驚いた私は、ついお尻に手を回してかばってしまった。普段なら口うるさくお説教されてしまう行動だが、甲斐くんは何も言わず左手で私の手を掴むと、さっきと変わらないペースでお仕置きを続ける。

「んん!…いたぃ…ごめんなさいっ…」

我慢しきれず声を出してしまった。早い連打は足をばたつかせても仕方ないと、勝手に自分で納得してしまうくらいの痛みを与えてくれる。

「はい!おわり」

痛みが強いが終わるのは早い。嬉しいようなそうでもないようなメリットがあるらしい。

「痛いよ!いじわる!」
「痛くないお仕置きするつもりはない」

膝からおろされた私は、すぐに下着をあげることができるわけもなく、自分のお尻を優しく撫でた。
薄っすらと涙があふれてきていたが、お尻を撫でている間にすぐにおさまった。叩かれている間は痛かったが、後を引く痛みではなかったようだ。

「自分でお仕置きしてくれって言ってきたくせに、なんでふくれっ面になってんの」
「…むう、そんなことないもん」

甲斐くんは私の手首をにぎると、そばに引き寄せ私を自分の座るベッドの隣に座らせた。

「響、今日は何曜日?」
「…土曜日だけど、まさか」
「まさか何?」
「もうやだよ…」
「酔って忘れてるかと思ってたけど、ちゃんとわかってるんじゃん」

実際は甲斐くんに言われるまで、すっかり忘れていた。自分の甘えた性格のせいで面倒な展開になる、という私によくある流れだと感じる。

「土曜日はなんの日だっけ?約束忘れたってまた言うわけじゃないよね」
「……」

私は覚悟を決め、甲斐くんの目を見つめて口を開けた。

「土曜日は…お仕置きの日…です」

私が夜の店で働いてることを隠しておきながら、付き合いでキャバクラに行くのを咎めたことから、私が自分に都合の悪いことに関して、つい嘘をついてしまうということが露呈してしまった。今まで何度もそんな嘘をついてきた私の言動を改めるために、毎週土曜日は、何があってもお仕置きをするという提案、というか強制的な約束をさせられたのだ。

「それで、どうすんの?」
「…土曜日のお仕置き…してください」
「オッケー」

ずっと無表情が続いていた甲斐くんの顔に笑みが見えた。もちろん素直で可愛い笑顔ではない、実に不敵な笑みだ。

「土曜日のお仕置きって、なんなのかこないだ教えたように言ってごらん」
「…私が、嘘をつかないって約束守れないから…甲斐くんにお尻を叩いて躾けてもらう」
「お尻何回、叩かれるのが抜けてる」
「お尻…ひ、100回…叩いてもらいます…」
「ちゃんと言えたな。どんだけお仕置きしても、この100回は手加減するつもりはないから、響もそのつもりでね」

はあ…調子乗ってしまった自分が憎い。

「じゃあ下着もスカートも脱いで、ベッドの上で四つん這いになって」

自分でスカートと下着を脱がせるというのは、本当に恥ずかしい。上半身は服を着ているのに、下半身だけ裸って状態はどう見ても恥ずかしいと思う。
でも言い返すわけにはいかないし、おとなしく甲斐くんの言うとおり、スカートを脱いで下着もおろしてベッドに四つん這いになる。
足は肩幅に開かないといけない。手の平だけを床につけ腕はまっすぐにする。これが土曜日のお仕置きを受ける体勢なのだ。
この体勢で100回を耐えるのは、ものすごくきつい。なにがきついかって、一打一打ゆっくりと、自分の反省点をわからせるようにお尻を叩くので、感情的にお仕置きされているときよりも、すべてにおいて厳しいのだ。
一打ごとに数を口で数えさせられるので、数え間違うのは許されるわけもなく、もちろん動いたり体勢を崩すごとにも10回追加。初めてこの土曜日のお仕置きを受けたときは、最終的に300回弱の平手を受けていた計算になる。

「響のほうがお姉さんなのに、いつも年下の俺におしりぺんぺんされて恥ずかしくないの?」
「…恥ずかしいよ」

甲斐くんは、小さい子をお仕置きするみたいにおしりぺんぺんと言いながら、軽く私のお尻を叩く。

「でも響は俺の彼女だし、躾けるのは彼氏の役目だから厳しくお尻を叩くよ」
「…はい」

甲斐くんが手を振り上げた気配を感じた途端、激しい破裂音とともに重い一打がお尻に打ち込まれた。
あまりに早い一発目に、私は思わず体勢を崩しそうになったが、持てる力を使って我慢してみせた。

「数、かぞえる約束忘れたの?」

甲斐くんの冷たく低い声が聞こえた。
ふいに落ちてきた一発目の衝撃に、耐えることばかり集中してしまったおかげで、数をかぞえる約束をないがしろにしてしまっていた。

「ごめんなさいっ!いちっ!」

と、私がかぞえるとすぐに二発目の平手が振り下ろされる。

「…にぃ!」

甲斐くんは、まるでスポーツ選手さながらの踏み込みで、私のお尻に平手を振り落としてくる。
お尻の表面より筋肉と骨に響く重さがある。
四つん這いという体勢も、重力があるせいで私のお尻の肉の厚みを分散させている。

「よんじゅうきゅう!」

私は目をきつくつぶりながら、投げ捨てるように数をかぞえていた。

「ごじゅう!」

50をカウントしてから間が少しあいた。ドスっという音とベッドのしなりで甲斐くんが、ベッドに腰掛けたのがわかった。自分の息の荒さで気付かなかったのだが、甲斐くんもかなり息が乱れていて髪をかきあげる姿がなんともかっこよく見えた。
私は相変わらず、真っ赤に腫れ上がったお尻を丸出しにして、四つん這いの状態という散々な体勢のままだが、頭を動かして甲斐くんの姿を見たいと思ってしまうほど、彼から色気のある魅力を感じていた。

「…甲斐くん、大丈夫?」
「真っ赤なお尻のお前に心配されるほどじゃない。ちょっと寝てないから一気に疲れがきたみたいで」

じゃあ今、お仕置きしなくてもいいじゃんと心の中で呟きながらも、疲れ切った甲斐くんの表情をただ眺めていたかった。


「残りは明日にしよ…響おいで」

甲斐くんは私を抱き起こすと、真っ赤に腫れたお尻をさわりながら、ゆっくりベッドに倒れ込む。

「ちょっと…下着くらいはかせてよ」
「だーめ。悪い子はお尻を出して反省しないと。あ、でも風邪ひくから俺のTシャツ、適当にパジャマにしていいよ」

と言いながら、抱きしめたまま離してくれないので、結構恥ずかしい格好のまま、甲斐くんに包まれている。

「お尻痛いから、さわるのやめてほしい」
「躾けたんだからやりすぎてないか確認してるの」
「やりすぎってどれくらいのこというの?」
「手で叩くだけだとやりすぎることはないだろうな」
「じゃあさわりたいだけじゃん!」
「ははは」

甲斐くんの笑いは弱くそのまま寝息を立てて眠ってしまった。
なんだろう…この気持ちは。
中途半端なまま終わらせないように努力してくれたのだろうか、一気に体力の限界を迎え寝入ってしまった恋人の寝顔は、とても愛しく可愛らしかった。
彼氏としてスパンキングのパートナーとして、頼れる男を目指しているのは、私のためなのか彼自身のためなのか、それは彼にしかわからないが、今はとにかく甲斐くんのそばでぬくもりを感じていたい。
明日また赤くされてしまう自分のお尻も労ってあげないと、と思いながら結局時間を忘れてしまうくらい、甲斐くんの寝顔をながめながら、抱きまくらの役目を果たしていた。