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悪風は夏[ヤマトとカンナ]

「どういうことなのか説明して」
タクミとアイリが宿泊しているコテージを離れ、ヤマトとカンナは二人が宿泊しているコテージまで、ゆっくりと足を進めていた。

「……」

カンナはだんまりを決め込んでいる。アイリが可愛い系だとしたらカンナは綺麗系に分類される。整っている顔と、スレンダーな体型で特に同性の女性に好かれそうなクールさを持っている。
長身のヤマトと並ぶと、まるでどこかのブランドの広告のような、見惚れるくらい目立つカップルとなる。

「お仕置きだって言ってたな、タクミ」
「……」

見惚れるようなカップルの会話は、見た目の雰囲気とはまったく違ったムードで、なかなか重苦しい。

「なあカンナ、俺も結構怒ってんだけど、返事くらいしろよ」
「……ごめん」

カンナとヤマトはとある約束をしていた。
彼らは学生時代からの付き合いで、お互いに長所と短所はそれなりに理解しあっていると思っている。
そんな信頼関係が崩れ始めたのは、一年少し前だろうか。大学を卒業して6年、順調に職場での立場を確立し、キャリアを積むヤマトに、カンナは焦りを感じていた。
大学を卒業するのをきっかけに、二人は入籍をしたのだが、当時はお金もなく結婚式は挙げずに、二人はいわゆる地味婚と言われる、結婚記念の写真と親しい身内でお祝いするだけで済ませていた。
仕事が落ち着いたら結婚式をちゃんと挙げようという約束をして、二人は仕事に励んでいたのだが、順調にキャリアップしていくヤマトと比べて、カンナは職場での頭打ちを感じていた。
そんな日々のストレスを紛らわせるように、カンナは身につけられる洋服や靴、カバンを意味もなく大量に買っていた。
学生のころに比べて収入はそれなりにあると言っても、家の中に大量に積まれた靴の入っている箱や、まだ一度も使ってないカバンなどが、いやでも目に入る生活。ヤマトはそんなカンナを見て痛々しい気持ちになっていた。
「仕事やめていいよ。そんなにつらいなら」
いわゆる買い物依存症になっているカンナに、ヤマトが優しく声をかけたのは旅行直前のことだった。

「そうしよっかなぁ……」
「今、働いてても結局いろんな物を買って、貯金すらままならないんだし、カンナが仕事やめていつものカンナに戻るなら、俺は頑張って支えるよ」

そんなヤマトの言葉に、カンナは懐の深い愛情を感じた。何か仕事と違うところで、自分の心の拠り所を探していたカンナにとって、買い物依存症から抜け出せるチャンスだと思い「うん、そうする」と、ヤマトの好意に甘えることに決めた。

ヤマトとカンナが自分たちのコテージに戻るのと、タイミングを合わせたかのようにゆっくりと日が落ちてきていく。
普段なら綺麗だと、二人並んで眺めているだろう美しい夕焼けの赤は、まったく心に響かない。ただの夕焼けだった。
部屋に戻るなりヤマトはリビングのソファへ、カンナは荷物をまとめておいている寝室へ別れた。

「どーすっかな」

ヤマトは悩んでいた。カンナには怒ってる雰囲気を受け取らせるためにきつい言葉で話していたが、実際のところは心配で仕方ないのだ。
ソファに一人座っていても、考えがまとまらずにただ時間が過ぎていきそうな気がしてならなかった。
素直に相談してくれれば、俺だって話くらいは聞けるし、どんなつらいことがあっても二人で乗り越えたいと思っている。この気持ちはカンナに届いているのだろうか。

「はぁ……」

ヤマトのため息は大きい。
家だとお互いになかなか腹を割って話せないことが多い。
結婚してもう七年も経っているのだから、世間一般ではそんなもんだと言われるだろう。
タクミとアイリの後押しもあって、遅めのハネムーンとなったが、楽しいことだけでこの旅行は終わりそうにもない。ヤマトは家じゃ話せないことをカンナと少し話してみようかと考えた。
ふと時計に目をやると、ディナーの20分前。ヤマトは慌ててカンナのいる寝室へ足を運んだ。
トントンと一応ノックはする。
これが彼らのルール。

「入るぞ」
「……」

さっき大量に持ってた買い物袋は、ベッドの脇に無造作に置かれたままで、カンナはベッドの上にうつ伏せになって寝転がっていた。

「ディナー楽しみにしてたろ、そろそろ出ないと」
「……」

ヤマトの問いかけにはなにも反応がない。
しびれを切らしたヤマトはベッドに寝転がっているカンナを抱き起こした。

「怒ってないから」
「……うそ」
「メシ食ったら二人で話そう。つらいんだろ」
「……」
「だから夕飯はノンアルな」
「……」
「……な?」
「……わかったよ」

語尾を強めたヤマトの喋りからは、意思の強さを感じた。カンナも何か言いたそうな顔をみせたものの、何も言い返さずにに夫の提案を飲んだ。


──

いいムードというのだろうか、少し薄暗い店内をセンスのいいデザインのテーブルと椅子が並んでいる。雰囲気だけでリゾート気分を味わえるようなレストラン。テーブルを4人で囲んでいるが、まるでお通夜のような空気が流れている。

「料理冷めちゃうから、アイリちゃんもカンナも早く食べなよ」

あまり食の進まない女性陣を見かねてヤマトは口を開いた。

「取ろうか?」

アイリに向かってタクマが声をかける。
タクマの優しさなんて聞く気もなく、アイリはまるでフグのように頬を誇張させて膨らませながらぷいっと横を向いた。

「楽しくない」
「夕飯は気持ち切り替えなさいって言っただろ」

タクミは困ったような表情を見せながら、小さめの声でアイリを諌める。そんなタクミの気遣いなんて気にもしていないアイリは、拗ねた声で発言した。

「だって、痛いのに!そんなの無理だよ」

アイリの「痛い」という発言に、なんの話かわからないヤマトとカンナは目を丸くしていた。

「お仕置き足りなかった?」

困った表情のままタクミはアイリに問いかける。

「ち、違うもん」

アイリは膨れた頬ををしぼませ眉間にシワを寄ると、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

「なぁタクミ暴力はよくないんじゃ……」

痛いというアイリの発言に引っ掛かったヤマトは、ついタクミ夫婦の会話に口を挟む。

「暴力っていうか躾?」
「しつけ?」
「そう」

タクミから返ってきた単語は、大人に対して使われることがあまりない言葉だったので、ヤマトは少し怪訝な顔をする。

「お仕置きだよ」
「ちょっ!ストップ!ストップぅ!!」

さっきまでしゅんとしていたアイリは、大きな目を見開いたり閉じたりして突然騒ぎ始めた。タクミは隣に座って騒ぎ立てるアイリの頭をぽんぽんと撫でてなだめている。

「悪い子のときはお尻叩いてるんだ」

タクミがヤマトとカンナにさらりと事実を告げた途端、アイリは恥ずかしさを隠すにもどうにもできず、とりあえず両手で顔を覆った。

「そういうことか」
「そう。お仕置きされてお尻が痛むらしいよ」

タクミはアイリの頭を撫でながらくすりと笑う。ヤマトは納得したのか、うんうんと頷いていたが、カンナはそんな三人をただぼーっと見つめていた。

この後、解散するまでアイリのお仕置き話に花が咲いたが「たっくん嫌い」のインパクトのある一言が飛び出し、ぷんぷんと怒ってしまったので、その話題から離れる結果となった。


──


二人で話す時間は、そう長くは続かなかった。カンナは黙ってるか、話しても会話を濁らせる程度で、ヤマトは腕を組みながら眉間にシワを寄せ悩むしかなかった。

「うちもお仕置きしてみるか」
「……?」

タクミとアイリの話から、もうこの手段しかないだろうとヤマトは提案してみることにした。カンナはそんなヤマトの発言にハッとなったようで、俯向き気味だった顔を上げた。

「意地っ張りで素直じゃないカンナには、おしりぺんぺんが効くんじゃない?」
「うーん」
「うーん、なに?」
「有りだと思う」
「マジか」

カンナの返事はヤマトの予想とは違っていた。単なる脅しを口にしただけなのに、カンナに受け入れられるなど思ってもみなかった。リゾートを感じさせる籐製のソファに腰掛け、向き合ってる二人。

「よし」

その間の静寂を破ったのはヤマトだった。
ソファに座ったまま、太ももを二回叩く。

「おしりぺんぺんといえば、膝の上だろ」
「……それは恥ずかしい」
「早くおいで」

カンナの頬は紅潮し、顔は少しこわばっていた。彼女は恥ずかしそうにゆっくりと立ち上がり、ヤマトのもとへ足を進める。
ヤマトのところまで来たカンナは左手首をつかまれ、そのまま膝の上に腹ばいになる体勢を整えられた。
くるぶしに届きそうなロングのワンピースを一気にめくりあげ、少しセクシーさがある水色の下着をはいた小ぶりのお尻が現れた。

「10回叩くよ」

ヤマトはそう言いカンナの最後の砦となっている下着も膝のあたりまで下ろしてしまった。

「やっ……ちょっと」
「はい、いち」

カンナから出た焦りの表情と戸惑った声は、ヤマトが振り下ろした平手を打ち込む破裂音で一気にかき消された。

「痛いっ!」
「に」

1打目は左だったので、2打目は右。
カンナはぎゅっと目を瞑って、逃げることなく大人しく膝の上で耐えている。
こんなに健気な人だったのかと、自分の見たことのないカンナの姿は新たな発見だと、ヤマトは少し嬉く思った。

「ひとりで抱え込まないで」
「……」
「さん」

ヒュっとしなる腕の音がした瞬間、カンナの左の尻たぶに強烈な平手が打ち込まれる。

「素直に俺に相談して」
「……ぇん」
「よん」

左右平等、的確に平手が振り下ろされる。カンナのお尻は少し赤みを帯びてきた。

「言わなきゃわかんないだろ」
「ごめん」
「夫婦なんだから」
「ごめん」
「無理しろとは言わない」
「うん」

5打、6打、7打とカウント無しで、少しペースも早くなり、ヤマトとカンナの会話はさっきより続くようになっている。

「ちゃんと構うから」
「ごめん」

カンナの白い肌と、ヤマトの平手による赤いあとがコントラストようになっている。

「あと2回」

ヤマトはそういうと、かなり優しくパンパンと2打振り落とした。

「おわり」

そういうとカンナを起こし強く抱きしめた。ヤマトの力にはかなわないが、カンナも負けじとヤマトを抱き返す。

「少しくらい我儘言ってもいいから」
「ごめんね。ずっとひとりで考え込んでた」
「俺たち夫婦なんだから、これからはふたりで考えよう」
「うん」

カンナは自分でなんとかしようと考えていたことで、ヤマトに心配をかけていたのに気付かなかった。ヤマトの優しさに触れたことで、心を閉ざしていた自分にやっと気づいたのだ。

「お尻、痛かった?」
「ちょっとかな」
「今度から悪い子だったときはお仕置きしようか」
「有りかも」

カンナのひっかかっていた心のつかえがとれたとき、代償としてヤマトとの新しい関係がうまれた瞬間であった。
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