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彼と彼女のパラフィリア◆02「彼女の秘密」

「キョウコさん、お願いします」

薄暗い照明の下の革張りのソファで、スーツ姿の働き盛りの男性たちと共に談笑している女性が、黒服のボーイと思わしき男に声を掛けられている。
その女性は、淡い水色のミニドレスで髪は綺麗にセットしているキョウコであった。
スマートに立ち上がると別のスーツ姿の男性が待つ席までボーイに案内される。

「佐々木さん!お久しぶりです〜」

キョウコは佐々木の隣に腰掛けようとしたが、まず手で体重を支えながらゆっくりとソファにお尻をつけた。そのとき少しだね眉間にシワを寄せたが、一瞬の出来事だったので誰も気にすることはなかった。


──


この音大を出るのが私と父の共通の夢だった。
父と同じこの大学を出て、私も音楽で生活していくつもりだった。
五年前、両親を交通事故で亡くしてから、私の人生は一転してしまった。
何もかも一気に失った感覚に襲われてしまっていたのをやっと克服できてきたと思えたのが、ここ最近のことだった。
親の残した遺産は四年間の学費だけですべて消えてしまった。もちろん働き盛りの共働き家庭だったので、生きていればきちんと支払っていける予定だったのだと思う。
私は自力での生活と学業を両立しながら、孤独に耐えて生きていくことができないと感じていたので、両親が亡くなってすぐに休学届を提出した。

そこからはお金を稼ぐことや着飾ること精神的に満足することだけが癒やしになっていた。
大学を休学しても卒業を諦めていたわけではなかったので、お金を稼ぐ目的のために始めたのが水商売だった。

同学年の子は今年二十歳。
私は今年二十四歳。
両親が交通事故で亡くなったことを同情されると、辛い記憶がよみがえってしまうので敢えて四年間休学をした。
説明するのも面倒なので、学校では普通の大学二年生だということにしている。

誰も私の過去を知らない。
本当の私を知らない。

父には音を楽しむという音楽本来の楽しみ方を教わっていたので、コンクールなどとは無縁だったのも、私が知られない理由のひとつだったのだと思う。
もちろん基礎だけはきちんと教えこまれていたので、決して楽しいだけが音楽ではなかった。
グランドピアノを前にすると未だに少し緊張してしまう。
それくらい父の練習は厳しかった記憶がある。

「お名前は?」
「葉山(はやま)響(ひびき)です」

昼過ぎから練習室にこもって練習するのが私の日課だ。
そうは言っても、今日はいつものように練習に集中できる気がしない。
また最近練習をサボリ気味なので、昨夜カイくんからお尻を叩かれたばかりだった。
痛むお尻でピアノの練習をしていると、家族三人幸せだった頃を思い出す。当時はお仕置きされるのが嫌で嫌で仕方なかったが、叱ってくれる存在を失った今は、寂しくて寂しくて仕方ないのだ。

あの日、カイくんから初めてお仕置きを受けた日から、すでに二ヶ月が過ぎようとしていた。
数日おきにメールをしているが、自分から大きな過ちを犯すことはないので、お仕置きされる理由もなく、ただ日常をお互いに語ることが多かった。
とは言え、お尻を叩かれたくてパートナー募集をしたので、やはりお仕置きされたい。お仕置きされる理由を作るように、たまに練習をサボっていた。

やっぱり集中できない。

昨日、お仕置きを受けたばかりで、欲求は満たされているはずなのに、心の奥が締め付けられているように感じる。
もう会ったのは五回目。カイくんと会って話している時間より、お尻を叩かれている時間のほうが長い。
会う回数を重ねる度に、もっと彼のことを知りたい、会って話したい。という欲求が強くなってきている。

これは恋なのだろうか。

音大に進むために中高生の頃から、音楽漬けで生活してきたので、まともに恋愛をした記憶がない。
水商売で声を掛けてくる男は、みんな自分に対して下心がありすぎて、気持ち悪いとすら感じてしまう。
少しいいなと思う男性と何人か、お付き合いをしてみたものの、心の拠り所にはならなかったし、セックスもそんなに気持ちいいものではなかったので、私の異性への興味は薄くなってきていたところだった。

恋だとしても、私には言い出せない理由があるのだ。

酔っ払った勢いでパートナー募集をかけたので、実年齢を話せていないこと。

信頼関係を築いている最中ので、自分にとってマイナスになりそうなことは、かなり言い出しにくい。
お仕置きで済めばいいのだが、嫌われてしまったらどうしよう。それこそ取り返しがつかなくて、どうにもこうにもやれることがなく、モヤモヤを抱くだけしかできなくなっていた。

やっぱり集中できない。
今日は練習サボろう。
お尻痛いんだもん、仕方ないよね。

私は無理やり自分に言い聞かせ、練習室から帰る準備をしはじめたところだった。
聞こえたのはメールの受信音。
特別な着信音に設定しているから、カイくんからのメールだと開く前にわかる。
嘘をついていることと、今から練習をサボろうとしていることが重なって、そのメールを開くのは気が進まなかったが、どうせ後で読んで返事を送るんだ。と勇気を振り絞ってメールを開いてみた。

『練習はちゃんとしてる?
 お尻が痛いからって理由でサボったりしないこと。
 明日か明後日あたりにどこか昼飯でも食べに行かない?』

カイくんは私のことを見透かしているのだろうか。
私が練習をサボろうとしていること、会いたいと思っていること、どちらも言い当てているなんて、まるで千里眼?もしくは運命の人!?
などとくだらないことを考えつつ、スケジュール帳を開いて明日、明後日の予定を確認する。
お昼ならどちらでも予定を組めそうだったので、早いほうがいいと明日を選んでメールを返信した。


──


目が覚めたときにはどちらの時計の針も、床から直角になっている。
…寝坊しちゃった。
急いでカイくんにメールを書くが、どう逆算しても一時間はかかってしまう。待てなかったら帰って下さいと一文を最後につけて、メールを送信した。

最悪だ…。
昨日は、家に帰ってきた記憶が曖昧になるほど、店で酒を飲まされてしまった。仕事だから仕方ないとは言え、次の日遅刻してもいい言い訳にはならない。
いつもはアイロンで髪を巻いたり、ストレートにしたりするのだが、今日は本当に時間がないので適当に高めの位置にポニーテールをし、可愛らしいシュシュで誤魔化すことにした。
化粧は昼間だし、ベースメイクと眉を軽く整える程度でナチュラルメイクにした。

急いで家から飛び出した私は、電車に揺られながらスマホのメール画面のにらめっこしていた。
カイくんは待ってくれているらしい。

怒ってるかな…?
怒ってるよね…?
嫌われないかな…

ネガティブなことしか浮かばなくて、すでに泣きそうな気持ちに襲われている。
カイくんのことだ、泣いたところで簡単に許してくれるわけではなさそうなので、正直に話して謝るしかないと思う。

待ち合わせていた駅の改札を出ると、カイくんが待っている姿が見えた。

「ごめんなさいっ!昨日飲みすぎちゃって…」

カイくんの顔は怖くてまともに見れる気がしなかったので、頭を下げて誠心誠意謝るしかなかった。

「えっ?」

返ってきたカイくんの言葉は、非常に冷たい声色をしていた。
私は恐る恐る頭をあげ、カイくんの顔を見る。
突き放されたような、悲しくなるくらい冷たい目で私を見つめていた。

「昼飯はあとな。話がある」

カイくんはそういうと、私の返事なんて待たずに駅から繁華街のほうに歩いていく。
いつもの歩く速さとは比べ物にならないくらい速く、私がついてきているのかを確認もせずカイくんは前へ前へ歩いていく。
小走りにならないとついていけないほどだ。
カイくんの背中しか見えないが、すごく感情的になっているように見える。
私は一人で引き返す勇気もなく、ただカイくんの背中を追いかけるしかなかった。


──


やはり着いたのはラブホテルの一室。
駅から一言も声を出していない二人の空気は重く暗いものだった。
荒々しくカイくんはソファに座ると、私の方をみて顎を少しあげた。
座れという合図だと思う。
この状態で座れと言われたら、カイくんを目の前にして正座をするしかない。
私は大人しく正座したが、カイくんの顔をまともに見ることはできなかった。

「自分から話して」
「…私のこと嫌にならない?」
「話による」
「…はぁ」

今すぐこの場から逃げたしたかった。出来るなら時間を戻したかった。
もちろん無理なことはわかっている。
やっと安らぎの場所を築き上げられていたのに…。
こらえていた涙が溢れ出てくる。

「泣いても、話すまでこのままだから」

カイくんが怒っている理由はわかっていた。
私がはじめについた小さな嘘が原因。
小さな嘘でもつき続けれぱ、大きく膨らんでいくものだ。
そんなことわかっていた。

カイくんはまっすぐ私の目を見つめている。

「私、カイくんの一個下だって言ってたの誤解されるような表現してました」

カイくんは大学三年生で私は二年生なので、一個下だと話したことがあった。
普通に考えると一歳年下だと思ってしまうだろう。
その時誕生日の話もしていたので、早生まれの私はカイくんには十九歳と認識されるのは至極当たり前の話だと思う。

「私ね、大学入ってすぐ、両親が亡くなって…学費は残してくれてたんだけど、音大って雑費が結構かかるし、生活費も捻出しなくちゃいけないから、休学して働いてたの」
「そう。それは大変だったね…」
「両親の話に触れられるのがつらくて…結局四年も休学しちゃって」
「ふーん…もしかして、俺に年上だってバレたら嫌われるって思った?」

カイくんの直球ど真ん中の質問に、私はゆっくりと頭を垂れて頷くことしかできなかった。
ソファから立ち上がったカイくんは、私の脇に手を入れ立ち上がらせ、手を握ってエスコートすると、二人で隣り合わせになるようにベッドに腰を掛けた。
私の頬に伝っている涙をカイくんの手が優しく拭ってくれる。

「そんなことだったのかよ」
「…ごめんなさい」
「ずっと上っ面なやりとりで、俺に心開いてくれないからさ。むしろ俺が嫌われてるのかと思ってた」
「そんなことないよ!カイくんに嘘ついてたことが心苦しくて…」

カイくんのほうが私に嫌われていると感じていたなんて、私は夢にも思わなかった。
私のついた嘘がお互いを傷つけていたかと思うと、一旦止まっていた涙がまた溢れてきてしまう。、

「さて、この後どうする?」
「どうするって…?」
「キョウコちゃんが泣くくらいの嘘を俺につくわけじゃん。嫌ならこの関係解消しよう」
「えっ?ちがうし。全然ちがうもん!カイくんに嫌われたらどうしよう。カイくんのこともっと知りたいし、私のことも知ってほしいって思ってたから、言い出すに言い出せなかっただけだよ」
「言い訳は聞くつもりないよ。そっちはどうしたいの?」

冷たい表情で強い物言いをするカイくんは少し怖かったし、やっぱり私に幻滅したんだと思う。

「言い訳じゃないけど…やっぱり私のこと嫌いになったよね」

カイくんは小さく舌打ちをして、私の顎に手を添えると突然、唇に柔らかい感触を感じた。

「俺の気持ちわかった?」

突然のキスに目を丸くして、頭が真っ白になっている私を見てカイくんは鼻で笑っていた。
これって要するに何?
カイくんも私のこと好きだってこと!?
こんな急展開になるなんて思ってもみなかったので、私は本当に混乱している。

「俺と付き合ってよ」
「…はい」

私の返事を聞くと、カイくんはニコっと笑顔を見せた。
一緒に過ごして初めて見た笑顔は、少年のような無垢な笑顔だった。

「俺、二宮(にのみや)甲斐(かい)って言うんだけど、キョウコちゃんって本名なの?」
「葉山(ハヤマ)響(ヒビキ)ッテイイマス」

突然の展開に私はカタコトの日本語を話すと、カイくんは笑いながら私の頭を撫でた。

「じゃあ響って呼ぶね」
「う、うん…」

ヒビキと下の名前で呼ばれるのはどれくらいぶりだろう。
お店ではキョウコさん。学校では葉山さん。
今、本当の私を知っているのは、カイくんだけかもしれない。

驚きが嬉しさを上回り、溢れ出ていた涙はいつの間にか止まっていた。
こんな近い距離でカイくんの顔をまじまじと見るのは初めてだったので、つい凝視してしまっていた。
切れ長の目、鼻筋は通り少し薄い唇。男らしいというよりは中性的な美しさがある。

「なにぼーっとしてるの?」
「嬉しくて…」

カイくんと目が合うと自分が赤面しているのを感じた。

「付き合ってもお仕置きはするよ。はい、座って」

私は自分の耳を疑った。

「え…」
「す、わ、れ」

さっきまで笑っていたカイくんの表情は、私が知っているいつもの冷たい表情に戻ってしまっていた。
改めて私はカイくんの前に正座をする。
もう嫌われることはないとわかっているので心は落ち着いているが、一昨日お仕置きを受けたばかりだということを思い出し、まだ叩かれていないお尻はまったく落ち着かないでいた。

「やっぱりお仕置きはするんだよね…?」
「反省してるみたいだから俺に嘘ついたことでは叩かないよ。でも響が泣くくらいの嘘を自分でついたことは許せないかな」
「…?」
「だって響を泣かしていいのは俺だけでしょ?」

カイくんの不敵な笑みが怖かったが、膝をぽんぽんと叩く合図は従わなければいけないという、無言の圧力を私にかけていている。

「悪かったのは誰?」
「…私」
「悪い子はどうなるんだっけ?」
「…お仕置き?」
「わかってるなら、早くおいで」

はぁ…。
私はため息をつくと、ゆっくり立ち上がりカイくんの右側に立つ。右利きの彼が、利き手で私のお尻を叩けるように準備をする立ち位置は、ここ二ヶ月で教え込まれていた。

「もたもたせずに下着おろして準備して」

カイくんは突き放したような言い方で、冷たい顔で私を見つめていた。
私はそろりそろりと下着を膝までおろし、カイくんの膝に腹ばいになった。

「いつも膝に乗るときはスカートの裾はあげて、自分でお尻出すように言ってるよな」

少しは私のお尻をかばってくれるかと期待していた、ワンピースの裾はあっけなくカイくんにめくられ、儚くもお尻は無抵抗に丸出しになってしまった。

カイくんは、赤みが残る私のお尻をゆっくり撫でている。
手が振り下ろされて、お仕置きが始まるまでのこの時間が一番長く感じてしまう。

「響?昨日、練習サボったろ?」

忘れていた。
カイくんとランチができると浮足立っていて、完全にそのことを忘れていた。

「あ…いや…練習はしたよ。少しだけ」
「へえ、この期に及んで誤魔化そうとするんだ…」

ダメだ。やっぱり私は嘘をつくのが下手だ。
カイくんの膝の上に乗って、お尻を叩かれる体勢になっているのに嘘をつき通せる自信なんて、これっぽっちもない。

「まあ今は嘘ついた響のお仕置きが先だな」

とカイくんが言うと、一発目の平手が私のお尻の真ん中を狙って落ちてきた。

「…ぁっ」

声にならない声が出てしまう。
淡々と私のお尻を叩いていくカイくん。

「自分が泣くくらいの嘘ついて、一番つらかったのは響だろ。俺は小さいことで響を嫌いになったりしないから。正直になんでも話すこと」

カイくんの言葉は、孤独という闇に苛まれていた私に差し込んだ一筋の光のように感じた。
優しい物言いと厳しいお仕置きが同時進行していると、安堵感とお尻に落ちてくる痛みで、どちらからともなく涙が出てきてしまう。

「ごめんなさい…ふぇ…ごめん…」
「これからは、俺に甘えていいから。まあ悪い子のときは、こうやってお尻叩いて躾けるけどな」

カイくんの手は同じペースを保ち、私のお尻を叩いている。
優しい言葉と厳しいお仕置きは身体的にも精神的にもだいぶ堪える。心は我慢するつもりでも、体は痛みでお仕置きから逃げようとするのだ。
特に今日はお尻の下の方を手の平ですくいあげるように、重点的に叩かれている。何度も何度も近いところを連打されると、本当に痛くて我慢できなくなってくる。
私はその痛みに我慢できず、思わず自分のお尻を手でかばっていた。

「お仕置きなのに手でかばっていいの?」
「…ごめんなさい。でも痛くて」

私はかばった手でお尻をさすっている。
カイくんはお尻をさすっていた私の手首を左手でつかむと、さっきより強い平手で再びお尻を叩き始めた。

「お尻叩かれてんだから痛いに決まってるだろ」

いつもはこんな強引にしないのに、今日のカイくんの拘束力は今まで経験したことのない強さを感じた。
本気で逃げようとしても、逃げられないくらい強く抑えつけられている。

「…っごめんなさい…ぁあっ…痛いっ…反省してるから…」

私の泣き声とお尻を叩く音だけが部屋に響いていた。
泣いても謝っても、カイくんの右手は休むことなく私のお尻を叩き続けている。
私のお尻は多分、全体的に真っ赤になっていると思う。
じんじんと内側から響く鈍痛と、ぴりぴりとした表面の痛みは、お仕置きの厳しさを物語っている。

「…もう無理ぃ…カイくん…許して…素直になるから…」

やっとお尻を叩く手が止まった。

「わかった。泣いていいのは俺の膝だけね」

カイくんはそう言うと、私の体を起こし膝の上に座らせてくれた。

「泣いて謝ってるときの響は本当に可愛いんだから、俺だけにその顔見せて」

涙で目は腫れてるし鼻も赤くなっているのに、可愛いと言って優しくキスをしてくれた。
ただし、私は下着をさげたままでお尻は叩かれて真っ赤になっているので、ドラマや少女漫画で読んだロマンティックとはかけ離れているような気がする。

なんとなくついてしまった小さな嘘が、私の環境を一転している。
叱られる関係を望んだのは私で、カイくんに叱られたいと思っていたのも私。
寂しさを忘れて、少しずつポジティブに考えられるようになってきたと思う。
その代償がお仕置きか…。
私のことをちゃんと見ていてほしいけど、お仕置きは厳しすぎだと思います。と、カイくんに言ってみたところで、鼻で笑われ一蹴されて話は終わりそう。

あれ、私また何か忘れてるような気がする…。
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