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夕立◆01「突然」

ちょうど日付が変わる頃、駅前はさまざまな人であふれかえっていた。
終電に乗るために酔いどれの千鳥足をうまく動かし駆けていく人や、終電ギリギリまで働いていたのだろうか、顔色に血色がなく、着ているスーツはくたくたになっているサラリーマン風の人、楽しい飲み会だったのだろうか陽気に鼻歌をうたいながら家路につく人。

この鼻歌をうたいながら歩いているのは、オフィスカジュアルと言われるような、きっちりとはしていないブラウスにロングパンツ、少し張り切ったであろうブランドバッグを持つ、いわゆるアラサー世代の女性。今日は職場の女子会という名の飲み会で、ちょっといいお肉とワインで良い気分に酔いがまわっているらしい。いつもより遅めの帰りだが、駅の人通りは多く防犯を気にするほどではない。馴染みのイタリアンの店の前を通ると、今日もかなり人が入っているようで外まで笑い声が聞こえてきた。
ここのイタリアンは週に2回は通っているので、笑い声だけで、なんとなく中にいる他の常連さんが予想できる。さすがに満腹なので、少しの買い物をコンビニで済ませて帰ろうと道なりを進む。

煌々と光るコンビニの看板が近づくにつれ、人気が少し減ってきた。この駅周辺は飲食店が多く立ち並んでいるが、少し道を入れば住宅地となる。
突然ドンッと大きな音が道沿いにあるマンションを囲っている塀の裏から聞こえた。
何か大きなものが落ちたような音だったので、もしかして非常事態かと心配しながら、彼女は塀に近づいていく。ガサガサと植木や草を踏み分けるような音がしたあと、黒い人影が目の前に現れた。

「ひぃ!」
「うわっ」

その黒い人影と彼女はお互いを驚きあったようで、ほぼ同時に声をあげた。
彼女はほろ酔いなので普段より恐怖心が薄れており、不審者丸出しの黒い人をまじまじと見つめていた。
少し眉間に皺を寄せながら、何かを思い出そうとしているの
か、うーんと首を傾げる彼女。

「ユウリくん?」
「メイコさん?」

黒い人影は、頭までパーカーのフードをかぶっていた若い男で、どうやらふたりは知り合いのようだ。
こんな場所で会うなんて思ってもない二人は、突飛な出会いに互いの姿をただ見つめていた。

「メイコさん、酔ってる?」
「女子会行ってきたから」
「暗いし、家まで送るよ」
「大丈夫だよ、いつも帰ってる道だし」
「女の子なんだから、こういうときは聞いてよ」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」

ユウリと呼ばれた男は、幼さが抜け切れていない10代後半独特の初々しい表情でメイコに話しかける。その表情とは似合わず、声は低めで、抑揚のない話し方がとても特徴的だ。

「コンビニ、寄る」
「オッケー」

酔いが抜け切れていないメイコは、幼い少女のような口調になっているが、もともと少し童顔なせいかあまり違和感はない。
メイコがコンビニに入ると、ユウリは

「俺、外で待ってるから」

と、一言声をかけコンビニの外で待ちはじめた。
メイコは、いつものミネラルウォーターと500mlの牛乳、フルーツヨーグルトを手に取りさっさと会計を済ませる。

「おまたせ」

メイコがそういうと、ユウリは黙って足を踏み出す。

「あそこで何してたの?」
「ん?」
「あの大きな物音、ユウリくんでしょ?」
「あぁ……あそこに住んでるだけ」
「んん???」 

ついさっきの記憶をたどるだけなのに、アルコールのせいではっきりしないメイコは、少し不思議そうな顔を見せた。

確かユウリくんと遭遇した場所は……マンションの裏手で、玄関口とは真逆の場所だったような……。あれ?記憶ちがい?

「ベランダだけ借りてる」
「んんん???」

ますますワケがわからなくなったメイコは、とりあえず自宅のマンション前まで送ってもらったし、お茶でもしないかとユウリに声をかけた。
時刻は日付が変わって真夜中。

「俺、男だけど。いいの?」

ユウリは突然の誘いに一応確認をしてみる。
酔っ払いであれ、後から面倒なことになるのは避けたい。

「10個も年下は男だと思ってないわよ」
「……そか」

メイコはわざと年上ぶった表情をみせ、さっきまでの幼さは一気に消えた。
なんだ、ただの酔っ払いかと、そんなメイコの単純さにユウリはクスリと笑ってみせた。

「ベランダだけ、借りてると?」
「そう」
「それって借りてるとは言わないんじゃ……」
「なんとなく、そうかなって思ってるけど、俺行くとこないし。仕方ないじゃん?」

経緯はこうだ。
元々は、そのベランダの家に居候していたらしいが、その家主が三ヶ月の短期留学をすると突然言い渡され、ベランダなら住んでいいよと言い残し、日本を発ってしまったそうだ。
自宅のソファに座りながらお茶を飲んでいるので、酔いもだいぶ覚めたメイコだが、一度聞いただけでは何の話なのかあまり理解ができずにいた。

「携帯の充電とかはどうしてるの?」

まず思いついた質問が携帯。次に洗濯やお風呂。
あまりいい環境ではなさそうなので聞くのがためらわれたが、10歳も年下の子が可哀想な環境に追いやられているのは見ていられないと感じてしまう。

そんなメイコの心配はユウリに伝わっているのだろうか、ユウリは少し眠そうな目でメイコの質問に適当に答えている。

「うーん……」

彼に身寄りがないのは以前、聞いたことがあった。
あまり他人事に口を挟まないようにしてるメイコは、今日はじめて聞く話ばかりで驚くしかできなかった。
ユウリとメイコは駅前のイタリアンの店員と常連の関係で、ある程度は互いに知っているものの、ユウリがひどい環境で過ごしているとは、メイコをはじめお店のオーナーも知らなかった事実らしい。

「だって話したら心配するでしょ」
「当然心配するよ」
「だから言わなかった」

そう話すユウリの表情は暗くも明るくもない。誰からも気にかけてもらいたくないような、淡々としたものだった。
そんな彼の姿は、ダンボールに入れられて河原に捨てられている子犬が、殊勝にも寂しい表情を見せないようにしているような、放っておけば一瞬で消えてしまいそうな儚さがみえた。
メイコは両手をあげ、あくびをしながら大きく伸びをする。

「とりあえず、うちに泊まりなよ」
「いや」
「放っておけば、そのうち通報されて警察に捕まっちゃうじゃない」
「……それはありえる」
「なら、布団出すの手伝って」

メイコは強引にユウリの腕をつかみ引っ張っていく。
この好意に甘えるのがいいのか悪いのか、ユウリはわからなかったが、自分の話を聞いて悲しそうな顔をするメイコの表情に少し惹かれていた。
リビングに布団を運び込むと、メイコはふぅと一息する。

「私寝るけど、適当にそのへんのもの使っていいから。お風呂も入って。あ!エッチなことはナシね!」

最期の部分をかなり強調してユウリに投げ掛けた。
ユウリはその強調した言い方が、可愛く感じたのかアハハと笑う。

「10個も年上なんでしょ?さすが大人の女、言うことが違う」
「じゃあお子様はさっさと寝てね、おやすみ」

ユウリのからかいには大した反応もみせずに、メイコはさっさと寝室に入ってしまった。
つまらなさそうな表情を浮かべながら、ユウリも眠気には勝てず大きなあくびをした。


──

誰かとひとつ屋根の下で過ごすのはいつぶりだろう。
ずっと自分が避けてきていた、人のぬくもり。
今まで当たり前にだったものが突然崩れ去ったとき、人はまた同じ環境を望むのだろうか。
また同じ環境に戻れることなんてあり得ないのに。
そんなことは頭で理解している。
心が理解してくれないのだ。
悲しいほど、寂しい。
時間は残酷なほどに簡単に過ぎ去っていく。
私はそんな時間に追いつけずに歳を重ねている。
ずっと、あのときで止まっている。


──


「遅い」
「あれ、今日は泊まりだって……」
「早く仕事終わらせられたから、キリのいいところで帰ってきたんだよ、メイと一緒にいたいから」
「私も一緒にいたい!嬉しい!」
「オレもそばにいられて嬉しいけどさ、酒くさい」
「え」
「え、じゃない」
「いや」
「いや、なに?」
「……」
「約束したよね」
「……」
「黙ってたら、メイが痛い思いするだけだよ」
「……ごめん」
「なにが」
「バレないと思って……お酒飲んだ」
「へぇ」
「……」
「メイはそんな簡単に約束やぶるんだね」
「違っ、そんなつもりは」
「でも事実だよね?」
「ちょっとくらい、いいじゃん」
「ちょっとかどうか一緒にいなきゃわかんないだろ。だから、オレと一緒じゃなきゃ飲むな約束したんだろ」
「だって……」
「もういい。言い訳したいならしたいだけすればいい」
「ちょっと、やだ。お尻やだ」
「約束やぶったんだからお仕置きだよ、おいで」


──


寝苦しい夜だった。
夢なんて久しぶりに見た。しかもあの記憶なんて。
懐かしいけど悲しい。

メイコは時計を確認し、まだ夜中だと知る。
物音を立てずにキッチンまで行くと、リビングで寝てるユウリの姿が見えた。どうするつもりでもない勢いで泊めた理由があるのかもしれないと、自分に疑問を抱きだから冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しグラスに注ぐ。
寝汗をかいた後だから、いつもより喉を通る水が新鮮な刺激に感じた。
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